- はじめに
- 第1章 理論編
- 考え,議論する道徳をつくる知の探究的な学習に基づいた道徳教育
- 国際バカロレア(IB)と社会課題解決
- TOKと教育
- 知の探究的な学習と道徳教育
- 第2章 実践編
- 考え,議論する道徳をつくる道徳的知の探究的な学習に基づいた授業モデル
- 道徳的知の探究的な授業の進め方
- 指導案でよくわかる!道徳的知の探究的な授業モデル
- A 主として自分自身に関すること
- もし,言葉がなかったら……
- 競争は学校に必要か
- 大人と子どもの境界線はどこか@
- 大人と子どもの境界線はどこかA
- B 主として人との関わりに関すること
- 優しさとは何か
- 仲間になるためには何が必要か
- 〇〇中学校の生徒として大切にしたいこと
- C 主として集団や社会との関わりに関すること
- 本当の優しさとは何か
- この世の中に笑いは必要か 〜あなたは何を笑いますか〜@
- この世の中に笑いは必要か 〜あなたは何を笑いますか〜A
- D 主として生命や自然,崇高なものとの関わりに関すること
- 環境危機を人類は止めることができるのか
- 奇跡とは何なのか 〜奇跡は偶然起きるのか〜
- 第3章 評価編
- 考え,議論する道徳をつくる道徳的知の探究的な学習に基づいた評価
- 道徳科の評価と道徳的知の探究的な学習での取り組み
- COLUMN
- 道徳的知の探究的な学習におけるファシリテーション
- 「ふりかえり」はなぜ大切なの?
- 中学生を「モヤモヤ」させよう
- おわりに
はじめに
「知の理論」(Theory of Knowledge:TOK)について知ったのは2017年の春。本書でも執筆していただいている立命館宇治中学校・高等学校の西田透先生より電話をいただいたことがきっかけでした。立命館宇治中学校・高等学校は,日本でもまだ数の少ないIB教育(International Baccalaureate:国際バカロレア)認定校で,その手法を道徳教育にも活かしたいのだが,どうすればいいのでしょうか?という内容だったと記憶しています。当時の私はIBという言葉は知っていたものの,その中で取り組まれているTOKなどについてはまったく無知で,電話を聞きながらパソコンで「IB TOK」と検索したことを思い出します。
その後,実際に授業を見せてもらう中で,今までの道徳の授業とは異なった,道徳的知の探究的な学習に魅力を強く感じることになります。まず,この道徳ではいわゆる「読み物教材」をほぼ使わずに,授業のテーマに基づいた映像や小話といった題材を用いて授業をおこなっている点(こうすることで,考えたり他者と交流したりする時間をより多く確保できます),次いで,自分でしっかりと考える時間を確保しながら,他者との対話の中で道徳的価値観を揺さぶっている点,そして何より最大の魅力は,自分の当たり前,自分たちの思考の前提を徹底的に問い直すということを教員と生徒の「共通了解」として授業を成立させている点です。
道徳的知の探究的な学習では,批判的に考えること(クリティカル・シンキング)が推奨されますが,この際の「批判的」とは,他者の否定あるいは非難という意味ではなく,自分(あるいは自分たち)の考え方そのものを検証し,問い直していくことを意味しています。私たちは「思い込みや前提」に基づいて話を進めていく傾向がありますが,この思い込みや前提によって他者との分断や争いが生じたりすることもあります。道徳的知の探究的な学習とは,「笑いとは」「仲間とは」「優しさとは」といったテーマから,私たちの何気ない日常生活に切り込んでいくことによって,道徳的価値に対する自らの当たり前を問い直していく道徳の実践です。
また,道徳的知の探究的な学習では,問い直すことから新たな問いが出てくることをねらっています。問いがあることによって,私たちは考えることができます。探究のプロセスには問いが欠かせません。問い直すことによって新たな疑問が生じること,この連続的な営みが思考を活性化させていきます。
折しも,2019年度より「特別の教科 道徳」が中学校でも完全実施を迎えるという時期的なこと,とりわけこの教科化によって「考え,議論する道徳」への転換が図られていることもあり,道徳教育において,知の探究的な学習を用いた手法が日本全国の先生の目に留まれば,「もう一つの道徳の教育方法」としてお役に立つのではないかと考えました。というのも,多くの学校で研修をさせていただく中で,「考え,議論する道徳」とは一体どんな実践を表すのか,具体例を示してほしいというリクエストが多々あったからです。もちろん,さまざまな手法を用いて「考え,議論する」ことは可能ですが,その中の選択肢の一つとして道徳的知の探究的な学習を位置づけることができます。
本書は,第1章において,道徳的知の探究的な学習の理論面についてわかりやすく解説をしています。第2章では,指導案を12本掲載しています。また,第3章では道徳教育の評価について論じてあります。まずは実践を知りたいと思われる方は第2章から読んでいただいて,その後別の章に目を通していただいてもかまいません。「批判的に物事を考えるとはどういうこと?」「今どういう力を育成していくことが国際的には目指されているの?」ということに関心がある方は,第1章から目を通していただいた方がわかりやすいかもしれません。
本書を通じて,多くの先生が道徳的知の探究的な学習を実践することを願ってやみません。これからの時代を担っていく子どもたちが,自分,そして他者と真摯に向き合う中で,これからのよりよい生き方やあり方を探究していくことができる,本書がその一助になれば幸いです。
2019年4月 著者を代表して /荒木 寿友
話し合いがはずむはずむ!
いつもは教師が主導権を握りがちの授業になってしまっていたのですが、この教材では生徒が主体的に、対話的に、道徳に向き合い、自分たちで授業を進めて、深いところで考えていました。
他の教材もおもしろそうなものばかりで、次の授業が楽しみです。