- はじめに
- Chapter1 深い学びと問い
- 1 はじめに
- 2 注意すべき三つの「見せかけの対話」パターン
- 3 表面的な対話の三つの負の影響と、四つの構造的要因
- 4 質の高い対話を実現するための三つのサポート要素
- 5 認知的コンパス
- Chapter2 ダイビング思考──深く考える力
- 1 問いを掘り下げる方法
- 2 問いを深める手法──「なぜ?」を重ねる
- 3 論理ツリーで問いの構造を可視化する
- 4 層の深さに応じた問い方をする──問いの連鎖
- 5 思い込みを解体する
- 6 思考を制御する
- 7 ダイビング思考に役立つ問いの例
- Chapter3 エクスパンディング思考──広がりの力
- 1 アイデアを放射状に展開する
- 2 思考を多方向に拡張する
- 3 異分野を統合する
- 4 視点を変換する
- 5 境界を突破する
- 6 「もしも(if)」による可能性を探索する
- 7 エクスパンディング思考に役立つ問いの例
- Chapter4 ネットワーキング思考──つながりを見る力
- 1 隠れた関係を発見する
- 2 「間接的なつながりの力」を理解する
- 3 3次元ネットワーキング
- 4 つながりのパターンを見つける
- 5 集合知を活用する
- 6 エクスパンディング思考と組み合わせる
- 7 ネットワーキング思考に役立つ問いの例
- Chapter5 フローイング思考──時間の流れを読む力
- 1 時間を「生きたもの」として捉える
- 2 抵抗せずに「流れを読む」
- 3 循環と波及効果を理解する
- 4 未来を読む力を身につける
- 5 フローイング思考に役立つ問いの例
- Chapter6 統合的思考──四つの力を組み合わせる究極の技
- 1 思考の四つの力を再確認する
- 2 四つの力を合体させる
- 3 実戦で使える五つの秘密兵器
- 4 4次元を組み合わせた探究の問いの例
- Chapter7 探究のための魔法の問い20
- 1 探究における問いの重要性
- 2 探究活動のための20の重要な問い
- おわりに
はじめに
現在、私たちの教育現場は、これまでにない複雑で変化の激しい世界への対応を求められています。気候変動、AI技術の急速な発達、地域紛争やパンデミックといった予測困難な事象が、従来の教育アプローチでは対処しきれない課題を次々と生み出しています。もはや既存の知識体系や伝統的な指導法だけでは、生徒たちが直面する現実的な問題解決に十分対応できない状況にあります。
考える力が教育の核心
このような教育環境の中で、教師の皆さんに求められるのは、生徒たちに「変化する世界で主体的に学び続け、他者と協働して課題を解決する力」を育成することです。そのためには、従来の「正解を教え込む」指導から、「複雑性に向き合う柔軟な思考力を育む」サポートへの転換が急務となっています。つまり、生徒一人ひとりの思考エンジン、考える力そのものを強化する教育実践が求められているのです。
OECDのEducation 2030プロジェクトやUNESCOのEducation for Sustainable Developmentでは、協働性、創造性、批判的思考、適応性、対話力、省察力などの認知的スキル、社会情意的スキル、メタ認知スキルの総合的な力が必要とされています。しかし、これらすべてのスキルは「考える力」があってはじめて発揮されるのです。21世紀教育の本質は確実に「考える力」の育成にあると言えます。
AI時代における人間固有の考える力
教育のあり方を揺るがす要因として、人工知能技術の急速な発達があります。多くの知的活動がAIによって自動化される時代が到来しています。しかし、「深く考える」ことは依然として人間固有の価値として残るでしょう。つまり、複雑な問題の本質を見抜く洞察力、創造的解決策を生み出す発想力、多様なステークホルダーとの関係性を構築するコミュニケーション力、そして変化に適応し続ける柔軟性―これらは、データ処理や計算とは根本的に異なる、人間固有の知的能力です。
AIは単なる道具(tool)ではなく、エージェント(agent)としての性格をもつようになっています。教育現場においても、AIはコンパニオン、アシスタント、あるいはチューターとしての役割を果たすことになるでしょう。そこで重要になるのが、OECDのTeaching Compassにおいても指摘されている通り、教師と生徒がAIとどのように協働していくかという問題です。
この新しい教育環境では、教師には従来以上に高次元の思考力や判断力が求められます。AIが処理する情報を統合し、AIでは捉えきれない複雑な人間関係や価値観を理解し、AIの提案を人間的な観点から評価し選択する能力が必要となるのです
探究活動の現状と課題
現在、全国の学校で探究活動が実施されており、教師の皆さんも日々そのサポートに取り組まれていることと思います。探究には個人探究と協働探究があり、問題提起型、政策提言型、アイデア提案型、商品開発型など多様な形態が存在します。探究の英語表記であるinquiry≠ェ示すように、物事を深く考え、その本質を究める活動において、思考力(考える力)こそが最も重要な要素となります。
筆者は複数の学校の探究活動に関わる機会をもっています。その経験から、現在最も求められているのは「探究のメソッド」、言い換えると「思考・探究のための明確な方向づけの提示」であることを実感しています。探究においては、単一視点(思い込み)の限界を超え、非線形的な複雑性を取り込み、他者との協働を通じて新たな価値を創造する―そうした次世代型の思考様式を生徒に身につけさせる指導が求められている、と考えます。
本書の構成と教育実践への活用
本書は、教師の皆さんが思考のコンパス(認知的コンパス)を生徒に提供し、様々な課題について考え抜く力、自律的に考え、判断し、行動する力を育成する際に役立つ参考書として執筆しました。
Chapter1では、教育現場において認知的コンパスがなぜ必要なのか、その教育学的背景について詳しく解説します。Chapter2からChapter6では、「QDT(Quatro Dynamic Thinking)」と呼ぶ思考のコンパスの理論と実践について段階的に解説していきます。同時に、教師の皆さんが探究活動で実際に活用できる思考の方向性を、具体的な問いの形で提示します。また、Chapter2からChapter6では、ダイビング思考、エクスパンディング思考、ネットワーキング思考、フローイング思考、統合的思考という五つの思考力を育成するための問いを、合計77個紹介します。
Chapter7では、実際の授業実践で使いやすいよう、探究活動のための問いを20個に厳選し、これらを「魔法の問い(Magical Questions)」として位置づけています。この20個の問いが、教師の皆さんが様々なタイプの探究活動をサポートする際の、共通の認知的コンパスとして機能します。
教育実践への期待
筆者は、一人ひとりの教師のサポートが、生徒の思考力を高め、やがて教育界全体、そして社会全体の変革につながっていくのだと確信しています。
小さな授業改善から始まって、気がつけば今まで見えなかった生徒の可能性が開花していく──一人ひとりの教師の意識変化が、やがて生徒を変え、教室を変え、学校を変え、社会を変える力になっていくのです。
川は決して同じ場所に留まりません。常に流れ、常に変化し、常に新しい景色を見せてくれます。教師の皆さんの教育実践も、そんな川になってほしいと思います。新しい思考力育成の教育実践へと、歩みを始めましょう。
2026年5月 /慶應義塾大学名誉教授 田中茂範
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明治図書















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