- まえがき
- T 総合学習の新時代
- 一 二一世紀への学習指導要領改訂
- 1 教育改革の嵐のなかで
- 2 みえてきた改訂の方向
- 二 いま、なぜ、総合学習なのか
- 1 次期改訂の焦点
- 2 「総合的な学習」は期待の星
- 3 「総合的な学習」と総合学習
- U 総合学習をどうとらえるか
- 一 総合学習の歴史は永い
- 1 そもそも総合学習とは
- 2 振り子は揺れる
- 二 コア・カリキュラムと総合学習
- 1 戦後カリキュラムの華
- 2 独自の教科観
- 3 戦後総合学習の教訓
- 三 「教育課程改革試案」と総合学習
- 1 高度経済成長下のカリキュラム
- 2 自主編成としての総合学習
- 四 生活科と総合学習
- 1 生活科誕生の背景
- 2 生活科の可能性
- 3 生活科は総合学習ではない
- 五 総合学習の生かしどころ
- 1 総合学習の落し穴
- 2 総合学習には立場とテーマがある
- 3 教科への批判を含む
- V 総合学習としての人権教育
- 一 新しい人権教育の波
- 1 人権教育の必要性
- 2 「国連人権教育の一○年」とは
- 二 人権総合学習への道
- 1 お説教型人権教育の克服
- 2 人権教育から人権総合学習へ
- W 人権総合学習の試み
- 一 教科の授業を発展させる
- 1 脱線のすすめ
- 2 ユー・ルック・ライク・ア・〜≠フ授業
- 3 試みてみたかったこと
- 二 新しい教材と体験的参加型授業の試み
- 1 開発のすすむ人権教材
- 2 こんなこともやってみよう
- 3 体験的参加型授業への注目
- 三 カリキュラムの中心に据える
- 1 単発型からカリキュラムの中心へ
- 2 「タウン・ワークス」の試み
- 3 カリキュラムづくりの原則
- X 人権総合学習の核心と課題
- 一 人権総合学習の核心はどこに
- 1 改めて「人権」を問う
- 2 人権教育のポリティックス
- 3 エンパワーメントが核心
- 二 何を変えていくべきか
- 1 多くの「転換」が求められている
- 2 教育評価からのアプローチ
- 三 人権総合学習からの教育改革
- 1 人権総合学習の多様性
- 2 公立学校の危機
- 3 人権総合学習からの教育改革の可能性
まえがき
二〇〇三年からの完全学校五日制にむけて、学習指導要領の改訂作業が進められている。そして、この次期改訂によって、「総合的な学習」が新たに設けられようとしている。小学校三年生以降、中学校から高校まで、週当たり時間数としては二時間以上という構想で、現在、その具体化が検討されているという。
既存の教科を越えての、国際理解教育、情報教育、環境教育、等々が「総合的な学習」の内容として例示されている。確かに、こうしたことにかかわっての学習は、重要な今日的課題ではあろう。しかし、改めて問われるべきは、教科にまたがり、教科を越えて、一定のテーマの下で展開されていく学習とは、そもそもどのようなものかということである。教科にまたがり、教科を越えて展開されていく、その総合学習の原理と原則を、今一度問い直しておかなければならない。そうでなければ、「総合的な学習」は、様々の課題をあれこれと取りあげながら、いたずらにカリキュラムを混乱させ、過密化させていくことにもなりかねないのである。
本書のねらいは、総合学習が大きな焦点となりつつあるなかで、総合学習とは何か、それをどうとらえるべきかを、まず整理し明らかにしていくことにある。と同時に、本書では、総合学習を実際に構想し展開していく視点や方法を、具体的に示していくことをもねらいとした。それが総合学習としての人権教育(人権総合学習)の紹介と分析となっている。
更に、言っておくこととしよう。二一世紀にむけての教育改革、その一環としての学習指導要領改訂、そうしたなかで「生きる力」が一つのキーワードとされている。人権総合学習の追求は、いまだとらえどころのない「生きる力」の内実を創り出し、求められるべき教育改革の方向をも指し示していくことになるのではないだろうか。
いささか欲張りすぎたねらいを持つ本書ではある。が、本書が、総合学習とは何か、どうするのか、それを教育現場のなかからさぐり出していくヒントと手がかりになれば、と願っている次第である。
一九九七年七月 /長尾 彰夫
-
明治図書















