- はじめに
- T 教師たちに求められるコミュニケーションスキル
- やる気を喪失している教師たち
- 教師の問題点
- 頭の固い勉強熱心な教師たち
- コーチングの限界と意義
- 授業研究とコーチング
- 見る力とそれを伝える力
- コミュニケーションはキャッチボール
- 完了感から次のコミュニケーションへ
- U コーチングって何?
- コーチング概念の台頭
- 暗黙知を触発するコーチング
- コーチング体系化の歴史
- ビジネス・コーチの実際
- コーチングとティーチング
- コーチング・スキルとは
- コーチング以外でも重視されている傾聴、承認、質問
- コーチングとカウンセリングの違いと重なり
- コーチングスキルを使い出したカウンセラー
- カウンセリングの教育界への導入とコーチングの教育界への導入
- V コーチング・スキル
- 傾聴とは
- カウンセリングから来た傾聴
- 松下幸之助の傾聴
- 集中して聴くことの難しさ
- 承認とは
- 承認のプロフェッショナル
- 質問とは
- 若手教師の心を動かす質問
- 相手を動かす質問
- W 広まりつつあるコーチング研修
- 民間研修から取り入れられたマネジメント研修
- 人間関係論とコーチング
- ヒューマン・スキルとしてのコーチング
- 教育界におけるコーチングの普及
- コーチングと教育の関係
- X コーチング会話のシミュレーション
- 相手の力を高めるコミュニケーション
- 次年度の教育計画作成がうまくいかない教頭に対して
- 学校経営アンケートの集計が進まない教頭に対して
- 授業が遅れがちな教師がいる学年の、学年主任に対して
- 研究授業をどう依頼するか
- 指導案の作成につまずいている教師に対して
- 課題の多い指導案をどう指導するか
- 研究指定を引き受けて学校を伸ばす
- 保護者への対応に悩む教師にどう助言するか
- 相手が受け取れるボールを投げる
- 教員研修センターの動画教材
- Y コーチング研修を実施するために
- コーチング研修実施の難しさ
- 日本の教員研修費は低い
- 高くて質のいい民間講師
- カウンセリングに学ぶ研修講師育成
- 研修プログラムの提案
- 傾聴の研修プログラム
- 承認の研修プログラム
- 質問の研修プログラム
- おわりに
- 参考文献
はじめに
この書は、ビジネスの世界でポピュラーになりつつあるコーチングという手法を教育の場で使うことの意義と具体的な方法について紹介することを目的としている。
コーチングとは、相手のやる気を喚起し、目標を達成することをサポートするためのコミュニケーションスキルである。上司の指示命令系統が厳しいと受け取られがちな民間企業でさえ、従来型のトップダウン方式では動かない部下が増えている。「部下が言うことを聞かない」と嘆くだけでは、企業の存続が危うくなるという危機感から、幹部社員にコーチングスキルを身につけさせる企業が増えている。
書店のビジネス書のコーナーに行くと、コーチングに関する本がたくさん並んでいる。ビジネスマンが学ばなくてはならないスキルの筆頭にあげられるといっても過言でないだろう。
ビジネスの世界でコーチングが広まり出したのは、日産の改革に乗り出したカルロス・ゴーン氏が自らにもコーチを付け、社内研修でもコーチングを採用したことが契機となっているようである。日産の社内研修では、受講者評価が五段階で三〜四が通常であった。二〇〇一年に試行としてコーチング研修を実施したところ、四・八を超える受講者評価を得られたことで、全社的にコーチング研修を実施することになった。
私自身のコーチングとの出会いは、六年前にまでさかのぼる。コーチング研修を実施しているある会社(A社としよう)の営業担当者が訪ねてきて、この研修を教育機関にも広めたいと訴えた。
それ以前より、民間の研修機関について情報を収集していた私は、最初に「あきらめた方がいい」と進言した。民間研修機関は、主に企業の研修委託を受けたり、独自に参加者を募った研修会を開催することで事業を展開している。そこでやり取りされる委託費や受講料の金額は、教員研修の分野でやり取りされる講師謝金等の金額と大幅に違う。
教員研修における講師謝金の低さは、効果的な研修の開発や講師陣の充実のためには将来的に改善される必要があると思うが、どの県も研修予算が毎年削減され続けている現状では、これまでの水準を維持するのがやっとで、新たな予算を獲得するのは至難の業である。コーチング研修がいかにすばらしいものであっても、民間の研修機関が通常請求する委託費や講師派遣費用を教育委員会や教育センターが支出することは難しい、と説明して帰っていただいた。
その後、A社の営業担当者に再び出会ったとき、A社は神奈川県の教育センター研修に講師を派遣していた。神奈川県は、平成一三年頃より管理職のコミュニケーション能力の開発を課題として研修プログラムの改善に取り組んでおり、コーチング研修に注目していた。神奈川県はコーチング研修を提供できる企業を検索する中で、A社と出会ったようだ。そこで、A社によるコーチング研修を管理職研修の中で実施したところ、受講者の満足度が非常に高く、その後も継続して実施している。
その話を聞いた私は神奈川県教育センターに足を運んだ。
管理職研修、特に校長研修の様子は、おおむね重苦しい。皆、一国一城の主である。会場の雰囲気を盛り上げようと、講師が突っ込みを少々入れても、表情を微動だにしない受講者がそろっている。だからといって堅い話を続けると、あちこちで居眠りが始まる。民間の研修講師の間でも管理職研修は、受講者が「動かない、しゃべらない、笑わない」ということで、気が重くなるらしい。
そのような予想の下に私が参加した神奈川県の管理職研修の会場は、これまで見たことのない雰囲気だった。コーチング研修では、ペアになってのロールプレイを多用する。最初にコーチングの基本理念の説明を受けた後に、ロールプレイで様々なコミュニケーション場面を体験していくにつれ、受講者たちの表情は軟らかくなっていった。
私は神奈川県におけるコーチング研修の状況を直接拝見し、受講していた校長たちの意見や研修を担当する指導主事の意見も聞いた結果、この研修が教育界に意義があることと、社会貢献の意欲がある民間研修機関と連携の余地があることを確信した。
神奈川県がコーチング研修を開始したのが平成一五年度である。私が調査した範囲では、平成一六年度には滋賀県、三重県、福岡県、大分県、宮崎県がコーチング研修を開始し、一七年度には群馬県、岡山県、広島県、鳥取県、札幌市、名古屋市、京都市がコーチング研修を開始している。
多くの県は、多様に存在する民間のコーチング研修会社とそれぞれ交渉し、研修を委託している。一部の県では、指導主事が民間のコーチング研修を受講するなどしてコーチングを勉強し、自らが講師となってコーチング研修を実施している。
コーチングに関する教育界の認識は徐々に広まりつつある。二〇〇五年までに刊行された教育関係のコーチング書は、河北隆子著『教師力アップのためのコーチング入門』(明治図書、二〇〇四年)、小山英樹著/佐々木喜一監修『子どもを伸ばす5つの法則―やる気と能力を引き出すパパ・ママコーチング』(PHPエディターズ・グループ、二〇〇四年)などに限られていた。ところが、二〇〇六年になり、急激に教育関係のコーチング書が刊行されるようになっている。
これまで刊行された教育関係のコーチング書は、子どもの学ぶ意欲を喚起するコーチングに焦点を当てている。子どもを直接教える立場にいたり、子どもへの教育に関心が高い方が執筆者になっている故であろう。本書は、学校で教職員への指導に悩んでいる管理職や、教育センターで管理職研修としてコーチングの導入を考えている方を主な対象と想定し、執筆した。本書における「スクールリーダー」とは、校長、教頭等の管理職に加え、中央教育審議会答申「今後の教員養成・免許制度の在り方について」(平成一八年)で提言された中核的・指導的な役割を果たすことが期待される教員も含んでいる。
もちろん、管理職以外の教師の皆様にもお読みいただきたい。この書は、職員間あるいは保護者との人間関係に悩んでいる教師に改善のヒントを与えることができると思っている。
本書が、閉塞感にあえぐ学校のコミュニケーションを活性化し、教師の意欲を喚起することに役立てば幸いである。
二〇〇七年四月 著者
去る研修会で投げかけられたテーマである。
私はその回答の一つにコミュニケーションを図ることと書いた。
口で言うのは容易い。
では、どのように?と問われると二の句が継げない。
なぜ方法が示せないのか。
コミュニケーションを活性化させる「コーチング」があることについて、自分自身に認識がなかったからだ。
副題がずばりと言っている。
「みんなのやる気を引き出す秘策」
そう、策があるのだ。
P76からのシミュレーションは、目から鱗だ。
相手の力量・仕事への信頼を前提にする。
立場への共感。肯定的受け止め。
そして、肯定的な言葉での質問による問題状況の焦点化。
味方であることのメッセージ発信。
視点を転換させる質問。
等等。
教員研修として是非身に付けたい、学級経営にも通じる技術だ。