- はじめに
- 序章 学校全体で「子ども主体」に取り組む土台をつくるために考えたいこと
- 01 子どもへの思いを確かめる―同僚性を高める
- 02 子どもへの思いを形にする―多様性を包摂する教育課程の創造
- 03 子どもへの思いを動きにする―役割を果たす
- 第1章 「自学自習」と学びを子どもに委ねる学校づくり
- 01 学びの主導権を子どもに委ねる―自学自習の取組を通して
- 02 研究テーマ「自分の学びをつくる子ども」
- 03 実践@ 1年 生活科「くふうして もっとたのしいあそびをつくろう!」
- 04 実践A 3年 算数科「小数 数の表し方や仕組みを調べ、見方を広げよう」
- 05 実践B 6年 国語科「読むを愉しむ 立松和平の『海の命』」
- 06 子どもは自学自習をどう見ているのか
- 07 学びの主導権をすべての教育活動に見出す
- 第2章 「単元内自由進度学習」と学びを自分事にする学校づくり
- Part1 兵庫県三木市立緑が丘東小学校
- 01 子ども主体の学びをつくる授業づくり
- 02 MPSの具体例@ 1年 算数科「かたちづくり」
- 03 MPSの具体例A 3年 算数科「円と球」
- 04 MPSの具体例B 5年 社会科・音楽科「自動車をつくる工業」「表現豊かに演奏しよう」
- 05 MPSを通して子どもたちはどう変化したか
- 06 私たちがつくる「笑顔あふれる楽しい学校」
- Part2 千葉県八千代市立萱田小学校
- 01 進んで学びに向かう子どもを育てる授業
- 02 実践@ 図画工作科「いろいろならべて」自由創作活動
- 03 実践A 理科「音のふしぎ」課題設定学習・単元内課題選択学習
- 04 実践B 算数科「プリント学習」無学年制課題選択学習・自由進度学習
- 05 これからの学校教育の視点
- 第3章 「総合」「校則」の改革と子どもも教師も育つ学校づくり
- 01 子どもも教師も育つ学校をつくる
- 02 新しい学校をつくる挑戦
- 03 総合的な学習の時間を軸にこれまでの学校の在り方を問う
- 04 実践 単元内自由進度学習(社会科・理科)
- 05 学校が試されている
- 第4章 「子どもを主語」にした授業改善と学校づくり
- 01 学び続ける子どもの育成を目指して
- 02 実践@ 低学年 生活科「学校たんけん」「町たんけん」
- 03 実践A 5年生 理科「もののとけ方」
- 04 子どもの変容@ 子どもと教師が共に学び、育つ
- 05 子どもの変容A 6年間の子どもの育ち
- 06 学校経営における学校研究の位置付け
- 07 子どもたちと「共に目指す学校」
- おわりに
- 参考文献一覧
- 執筆者一覧
はじめに
子どもも教師も幸せになる学校をつくる
「ぼくはバカなんです」
授業中、廊下に出ていたAさんに「何をしてるの」と尋ねた際に返ってきた言葉です。冗談という様子ではなく真顔でこう言いました。これまで、Aさんが自分をそんなふうに思っていると感じたことはなかったので驚きました。そして、子どもが自分を「バカだ」と本気で思い、そう言わざるを得ない学校にしているのだから校長失格だと反省しました。山形県の天童市立天童中部小学校に着任した頃のことです。
私が天童市立高擶小学校で学級担任をしていた時、酒井順一校長先生は「教育は子どもを幸せにする努力だ」とおっしゃっていました。指導主事として天童市教育委員会でお世話になっている時、酒井順一教育長は「子どもの力が伸びるのなら、遠慮なく何でもやっていい」とおっしゃっていました(酒井先生は同一人物です)。こう教え導いていただいたにもかかわらず、校長として勤務するのが最後の学校になりそうな段階で、まだ子どもに悲しい思いをさせており情けなくなりました。しかし、数年の時間は残っていました。原点回帰して、子どもが幸せ(Well-being)になる学校をつくろうと決めました。そのためには授業改善に正面から取り組まなければなりません。学校教育の柱は授業だからです。従来の教師主導の授業ではなく、学び手である子ども主体の授業を実現したいと考えました。多少思い切ったことをする必要もありそうでしたが、一緒に仕事をするのは、丁寧に説明をして相談を繰り返せば納得してくれる教職員でした。子どもたちの学校生活の様子が変わってくれば、覚悟をもって主体的に動いてくれる方ばかりでした(このあたりのことは序章で改めて述べさせていただきます)。
学びの自由度を上げる
子どもは一人一人が有能な学び手です。赤ちゃんが学ぶ様子を見ているとよくわかります。言葉にしても、聞いたり試したり失敗を繰り返しながら、一つ一つ実感をもって自分のものにしていきます。周りの大人に教えてもらったり確認したりはしますが、自分が学びたい・学べると思ったことを自分の意思で学んでいきます。これは小学生でも同じです。子どもはこれまで、自分の力でたくさんのことを学んできています。にもかかわらず、「自分はバカだ」と本気で思ってしまうのは、なぜでしょうか。学校制度、学級や特定の授業との折り合いが悪く、意欲をもって自分の力を発揮できないため、指導者や保護者、場合によっては仲間からも否定的なことを言われ続けているうちに、そんなふうに思うようになる(思い込まされる)のです。子どもは有能な学び手ですが、みんなが同じように学べるわけではありません(同じように学べる必要もないでしょうし)。興味・関心の方向、学ぶペース、必要な時間、得意な学び方などには一人一人違いがあります。
そこで、子どもを信頼し、学びの自由度を高めた授業を取り入れることにしました。30人以上の子どもたちに対して、一人の教師が1つの、多くても数種類の学び方を提示する授業だけを繰り返していては、それに合わない子どもたちが満足できないのは当然です。みんなと同じように学べないだけで、「授業はつまらないものだ」「自分はバカだ」「だめだ」と思うことになります。実際は教え方や使われている教材が、その子には合っていないだけなのです。
しかし、唐突に「すべてが自由です」「どうぞ好きに学んでください」と突き放しても学びの質が向上するとは考えにくく、かえって戸惑ってしまう子どもが多くなりそうです。そのため、子どもや教職員に相談し試行しながら、学びの自由度に合わせて3つの授業スタイルを段階的に導入しました。取り入れた順に「自学・自習」「マイプラン学習(単元内自由進度学習)」「フリースタイルプロジェクト(個人総合)」です(詳細は序章で)。
こうした学びにより、「仲間と教師で創る授業」(いわゆる、一斉授業)の質も変わってくる(授業中に、廊下に出てしまう子どもは減る)と考えました。自由度が高い学びを経験することで、教師から教えてもらうことに子どもは過度な依存をしなくなります。自分らしく学ぶことに手応えを感じていきます。自分の学びが充実すれば、周りの仲間の考えも聞いてみたい、一緒に話し合ってみたいと思うようになります。仲間や教師との学びを自分から求めるからこそ、一人で学ぶこととの違いを実感し集団で学ぶことに意義を見出し、結果として集団の学びの質が高まっていきます。「『個別最適な学び』と『協働的な学び』の一体的な充実」によって「主体的・対話的で深い学び」の具現化が図られます。
これまでの学校への危機感
公立学校の教員を退職してから、様々な自治体や学校から一緒に学ぶご縁をいただいています。共通しているのは「これまでの学校」への危機感をもっていることです。子どもに関しては、文部科学省の調査で年30日以上登校せず「不登校」とされた小中学生は、2023年度は過去最多の34万6482人となっています。前年度より4万7434人多く、増加は11年連続で2020年度以降に約15万人増えています。一方、教員に関しては、文部科学省の調査によると、2023年度に実施した教員採用試験で公立小学校の教員の採用倍率は、前年度より0.1ポイント減の2.2倍、中学校は0.3ポイント減の4.0倍で、いずれも1979年度の調査開始以来、過去最低を更新しています。子どもたちが学校から遠ざかっていることと教員の希望者が減少し続けていることが同時に進行しています。これらの根本的な原因は同じだと考えられています。端的に言えば、そこで学ぶ子どももそこで仕事をする若者も「これまでの学校」に魅力を感じなくなっているということです。
ご縁をいただいた学校は、こうした状況を何とか打破したいと考えています。従前のように、「○○の子どもを育てる」という学校教育目標を掲げ教師が前面に立って引っ張るよりは、子ども一人一人がどう学ぶのかに目を向け、その意欲や学び方を支えることで結果的に学びの質を高めていこうと考えています。子どもにとって居心地がよく魅力的な学校づくりに励んでいる自治体や学校では、お伺いするたびに授業が変わり、子どもたちのくらしの様子が変容しています。教職員が、子どもに本気で関心を寄せ覚悟をもって取り組んでいることは子どもに伝わります。学校もなかなか面白い、仲間と一緒に学ぶのは楽しい、先生方は信頼できる大人だと、教職員の心意気に反応します。子どもが変われば、教職員の指導はより適切なものとなり、保護者や地域の方々の学校への信頼度も高まります。こうした好循環で学校全体が自然にまとまり勢いが出てきます。
本書の1章から4章では、ご縁をいただいている学校の中から5校に実践を紹介していただきます。各地域で研究の成果を広く公開している学校ばかりです。単元で学ぶことへの意識を高め、子どもが主体的に学ぶための教師の役割を研究していることも共通しています。1時間の授業の質を上げることは大切ですが、教師の指示と発問に子どもが反応しているだけでは、「主体的に」学ぶことにはなりません。教師の呼びかけで話し合いが仕組まれるだけでは、「対話」への必要感は高まらず充実感も得られません。教師の都合で授業が1時間ずつ区切られていたり学習活動が細切れになっていたりしては、「深い学び」の実現は難しくなります。いずれの学校でも、教師が前面に出て指導する場面、子どもが自分の関心・意欲に沿って学びを進める場面、自らの評価で学びを軌道修正する場面などを意図的・計画的に組み合わせ、子どもにとって意味のあるまとまりとして授業が連続するよう単元を構成しています。
一方で、目の前の子どもの実態や教職員の状況は学校ごとに異なります。したがって、授業改善の柱とする方策には違いが出てきます。ともすると、表面的な授業スタイルが注目されがちですが、先にそれがあるのではなく、結果的に取り組まれているものです。
各学校には、取組全体の概要、具体的な取組の例、子どもの変容、校長等の学校の先導役からの教職員への働きかけ、といった視点で実践を紹介していただきます。
第1章 山形県中山町立長崎小学校…単元計画の中に、様々な形態・意味合いの「自学自習」を意図的に取り入れながら学びを充実させています。
第2章@ 兵庫県三木市立緑が丘東小学校…学校全体で年間の教育課程に「単元内自由進度学習」を効果的に取り入れて学習への意欲を高めています。
第2章A 千葉県八千代市立萱田小学校…子どもたちの実態に合わせて、「単元内自由進度学習」や「課題選択学習」を柔軟に取り入れて学習効果を高めています。
第3章 宮城県加美町立鳴峰中学校…開校と同時に総合的な学習の時間の改変を主軸に新しい学校づくりに生徒と共に取り組み、学校生活が変化しています。
第4章 山形県天童市立天童中部小学校…「子ども主体の授業」に継続して取り組むことで、子どもたちが「居心地のよい学校」をつくろうとしています。
各学校の教職員の熱い思いや取組への覚悟が、「これまでの学校」に危機感を抱いている読者の方々に伝わり、子どもたちにとって居心地がよく学び甲斐のある、子どもも教職員も幸せになる学校づくりのための新たな一歩を踏み出す確かなきっかけとなることを願っています。
2025年5月 編著者 /大谷 敦司
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- 明治図書