- まえがき―地理的分野が苦手な中学校教員
- CHAPTER1 地理嫌いの生徒をつくる!?やってはいけないこの指導
- 細かい地名を覚えさせる
- 曖昧な指示による写真の読み取り
- 教材研究を1時間単位で行う
- CHAPTER2 つけたい力を見通して!目標と評価をおさえる
- アセスメントとしての評価
- 形成的評価で指導と評価の一体化&目標と評価の一体化を図る
- ペーパーテストとパフォーマンステストを使い分ける
- ペーパーテスト問題のつくり方
- つけたい力が見えるコマンド・ワードを用いる
- ―知識の再生を問うのか,活用を問うのか―
- 「知っていること」「わかること」を試す問題
- 「できるようになる」を試す問題
- CHAPTER3 これだけは知っておきたい!地理授業づくりの基礎・基本
- 社会的な見方・考え方とは
- 「社会的な見方・考え方」と知識・概念
- 社会的事象の地理的な見方・考え方
- 多面的・多角的に
- 「知識の構造化」とは
- 問いのブレイクダウンと仮説の設定
- 情報に関する知識と情報間の関係に関する知識を分ける
- 知識の構造化が授業分析を可能にする
- 思考力を育成する授業とは
- 探究型授業で概念を獲得する
- 学習課題の発見が本時の目標とつながる
- 仮説検証のための資料選定と読み取りは問いと関連づける
- 説明的知識の獲得から一般化へ
- 意志決定力を育成する授業とは
- 価値に関する事柄を授業に取り入れる
- 多角的に分析するために事実を検討する
- 具体的に未来を予測してみる
- 思考・判断したことを表現する
- ワークシート・プリント作成の工夫
- 考察したことをノート化するポイント
- 地図に表現させる
- 効果的な教材研究の視点と方法
- 教科書の使い方
- 資料の探し方・つくり方
- 地図帳の使い方
- GIS(地理情報システム)の使い方
- フィールドワークで気をつけておくこと
- 学習指導案の書き方
- 目標記述には指導案の善し悪しが表れる
- 授業仮説を立て,目標達成のための手立てを書く
- CHAPTER4 指導の手立てがよくわかる!地理授業の実践モデル
- 世界の宗教の学習をどう行うか1 異なる文化を理解し,文化多元主義的な振る舞いについて考える
- アジアの学習をどう行うか2 単元を貫く学習課題を設定する場面を中心にして
- ヨーロッパの学習をどう行うか3 地域の変化を捉える場面を中心にして
- 北アメリカ州の学習をどう行うか4 地域性を見出す場面を中心にして
- 交通・通信の学習をどう行うか5 学習者の身近な事例を題材にして
- 九州地方の学習をどう行うか6 いわゆる中核方式の学習課題の立て方を中心にして
- 関東地方の学習をどう行うか7 パフォーマンス課題による単元のまとめ方を中心にして
- 身近な地域の調査の学習をどう行うか8 地図作成能力と地域の課題を捉える能力の育成を中心にして
- あとがき
まえがき
―地理的分野が苦手な中学校教員
数年前に,科学研究費で全国の中学校の先生にアンケート調査をしたことがあります。全国には一万校ほどの中学校があります。その1割に当たる1,000校強にアンケート用紙を送り,半数近い学校から回答をいただきました。それらの社会科の先生の声が,本書を執筆するきっかけになりました(お忙しい中,回答してくださった先生方に,この場をお借りして御礼を申し上げます)。
苦手No.1は地理的分野
アンケート項目の1つに,指導に自信があるかないかを分野別に聞いたものがありました。ある程度予測はしていましたが,中学校社会科では地理的分野の指導が不得手であると答えた先生が3分野の中で最も多かったです(表1)。もっとも,不得手な分野はないと答えた先生が最も多く,救われた気がします。一方,地理的分野は歴史的分野や公民的分野の倍以上の先生方が不得手だと答えており,深刻です。これは回答した先生の年齢とは関係なく,どの年齢層も同じような結果でした。地理的分野の指導に苦手意識をもっている先生が多いという現状では,生徒が地理的分野の学習を好きになってくれることは期待しにくいでしょう。
表1 指導が不得手な分野(省略)
さて,どうして地理的分野の学習指導が苦手なのでしょうか。
回答してくださった社会科の先生が大学時代に何を専攻されたのか聞いてみると,公民系(法律,経済など)が最も多く50.7%,次いで歴史系の27.0%,そして地理系が12.4%,さらに社会科教育系が8.0%,その他が1.9%と続きます。法学部や経済学部の定員が多い現状からすると,これも予想できたことです。高等学校では地理が選択科目であり,特に文系の高校生に地理を選択する人が少ない現状であること,教員養成系大学の社会系コースの学生にも高校時代に地理を学習した人がほとんどいないことから,地理に関する知識がないことが1つの原因だと思っていました。
単元を貫く学習課題を立てるのが難しい
中学校社会科の先生が,どのようなことに気をつけて日本の諸地域の学習に取り組んでいるのか,これもアンケート結果から見えてきます(表2)。
表2 「日本の諸地域」の扱い方〔複数回答可〕(省略)
教科書の事例を中心に知識を確認し,多面的・多角的な考察を通して,動態地誌的学習で日本の諸地域学習を実践しようとしているのがわかります。他の質問でも,教科書が公立高校入試で問われる知識の基準になっているので,とにかく教科書に沿って,教科書に書かれていることは教えなければならないという意識が強いようです。
一方,日本の諸地域学習を実践するうえで,いくつかの困難を感じていることもわかりました(表3)。
表3 「日本の諸地域」の指導で感じている困難〔複数回答可〕(省略)
授業デザインの拠り所となっている教科書の事例が生徒の興味をひかないこと,及び単元を貫く学習課題を設定するのが難しいということが大きな課題と認識されているようです。また,それらに続いて,情報の厳選が難しいと感じているようです。
このうち単元を貫く学習課題の設定は,世界の諸地域学習でも設定が難しいという結果が出ていました。世界の諸地域学習では,主に先生が学習課題を設定します。一方,日本の諸地域学習では,主に生徒が学習課題を発見して,その学習課題を何時間かかけて解く設定になっています。動態的地誌学習で,いわゆる中核方式といわれるものです。教科書が設定している学習課題をそのまま用いるにしても,課題の発見過程を授業に組み込むことができないと,世界の諸地域学習からの発展性がありません。地理的分野の苦手意識は地理の知識不足ということもあるかもしれませんが,動態地誌のような授業をデザインできるかどうかというレベルの問題かもしれません。
地理的分野の授業デザインのために
これらのことを念頭に,本書では,新しい理論を紹介するのではなく,これまで社会科授業のデザインをするうえで基本的だと考えられてきたことを紹介し,苦手意識を克服してもらおうと考えました。
単元を貫く学習課題をうまく立てるためには,知識論や探究型の社会科授業構成理論を知っておくのが1つの手でしょう。これらの考え方は,授業で生徒と共有する情報を厳選する際の規準にもなります。しかし,探究型の授業をつくろうとして,「なぜ疑問」の学習課題を設定しても,生徒が難しがって上手くいかないという声も聞きます。なぜそうなるのかについて解説したり,本書の後半に掲載されている授業の具体例に,単元を貫く学習課題,単元で習得する知識の構造図を掲載したりして,授業を展開しやすくなるようなヒントとしてみました。さらに,平成29年版学習指導要領では,何を知っているか,何がわかっているかのみならず,何ができるかが重視されていることから,学習評価に関するヒントも書き込んでいます。
地理的分野が苦手な先生のためのヒントは,実は社会科全般にわたる授業デザインと同じです。地理的分野は社会科の一分野であり,その究極の目標は,市民性育成だからです。
本書が,地理的分野が苦手な先生に,社会科授業デザインのヒントを1つでも提供できれば幸いです。
2018年7月 編著者 /吉水 裕也
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