- プロローグ
- T 満足度の高い学校をつくる
- 1 清和小学校グランドデザイン(図解)
- 2 春──「知る」ことから始まる
- (1) 新米校長赴任する
- (2) 学校を知る
- (3) 地域を知る
- 3 夏──小さな一歩を踏み出す
- (1) 休業日に研究会を開く
- (2) 周年記念バザーを開く
- (3) 子どもの満足度を調べる
- 4 秋──校長の力を発揮する
- (1) 台風の通過に備える
- (2) 小さなせせらぎを造る
- (3) 研究発表会を開催する
- 5 冬──深めて次に備える
- (1) 研究会を組織する
- (2) 学校評価をする
- (3) 印象的な仕事ベスト
- U 学力低下論に立ち向かう
- 1 基礎・基本の定着を図る校内研究
- (1) 学校の真に担うべき役割
- (2) なぜ基礎・基本か
- 2 基礎学力保障の「説明責任」
- (1) 説得力のある通知表を作成する
- (2) 学習への理解度を高める
- (3) わかりやすい言葉で説明する
- 3 「学力不足」不安に対応する学校経営の布石
- (1) 学力への期待が高い
- (2) 学力保障の布石を打った
- (3) 日々の実践の充実こそ大切である
- (4) 「絶対評価」の見方を保護者に説明する
- 4 「総合的な学習」の実施と調和のある教育活動
- (1) 一時の流行と時代を画するもの
- (2) 総合的な学習でしかできない学力づくり
- (3) 総合的な学習の内容構成をめぐって
- V 変革期の教育に参画する
- 1 社会の変化と公教育の制度疲労
- (1) 子どもをとりまく環境の変化
- (2) 子どもを襲う危機の例(図解)
- 2 今までどおりの「学校像」を変える
- (1) 「素敵な新学期」は始まるか
- (2) 少子高齢社会がやってきた
- (3) 学校の聖性が低下した
- 3 今までどおりの「子ども」観を変える
- (1) 子どもの短所ばかりを見ていないか
- (2) 長い目で子どもを見る
- (3) 子どもを理解してもらう
- 4 これからの教育課程をどう編成・実施するか
- (1) 教育内容を競う時代
- (2) 九千コマの授業のイメージ
- (3) 学習指導要領の総則を具現化する
- 5 教育改革の具体化
- (1) 小中学校の連携
- (2) 通学区域のブロック化の実施
- (3) 「素敵な新学期」再び
- W 時代のトレンドを凝視する
- 1 社会の変化と学校の課題(図解)
- 2 変わる世間、変わる保護者
- (1) 学校批判エネルギーの沈殿
- (2) 学校の呪縛からの解放
- 3 教育活動の「説明責任」
- (1) 「学校の正体」の不明
- (2) 「正義の仮面」をかぶった批判
- (3) 学校情報の開示
- 4 平成不況期の学校教育
- (1) 教育予算要望は低ランク
- (2) ゆらぐ学校教育への信頼
- (3) 教育改革プログラムの始動
- 5 子どもの「実像」の照射
- (1) 東京都子ども基本調査報告
- ○最近の子どもの価値観と生活(図解)
- (2) 子どもの多面性へのアプローチ
- (3) 子どもにたじろぐ教師
- ○体罰の類型(向山モデル)(図解)
- 6 めぐる時代の中の学校
- (1) K君の個性──二十年後の握手
- (2) 子どもを生かす教師
- (3) 保護者の信頼を得る学校
- エピローグ
プロローグ
そもそも、教育という営みは「大いなるマンネリズム」の中で展開すべきものである。教育の不易の部分は、時代がどうなろうと変わるものであってはならない。バブル景気の時代であっても、平成の「失われた十年」の時代にあっても、軽々に時代の奔流に流されてはいけない。
しかし、「大いなるマンネリズム」の中に埋没してはいけない。国民の意識は日々刻々と変化しているのだから、そのトレンドに敏感でなければいけない。
私たちが身を置いている学校現場に対して、外部の人々は率直に疑問の声を発する。
私が人事行政の立場にあったとき、ある人から「学校はわずか三十名の職場なのに、管理職が二名もいてうらやましい」と言われた。たしかに、図書館、児童館、保育園、高齢者施設などは、全体の館や園で一人しか管理職がいない。したがって、十カ所の施設と数百名のスタッフを一人で管理しなければならない。それに比べれば、学校は恵まれすぎているという指摘である。私は、「管理職が二人もいる」という指摘で、改めて自分が長く「学校中心社会」の中に身を置いてきたのだということに気付かされた。
私を含めて、長く学校社会で生きてきた者は、気付かぬうちに「大いなる学校中心主義に浸りきっている。それは、「登校・下校」というような、幕藩体制時代の「登城・下城」の類似語がいまだに生き残っていることに象徴されている。
長い間、「大いなる学校中心主義」は教育サービスを受ける側の「顧客満足度」に無関心であった。そして、そういう学校への不満が、国民の間に長く沈殿してきていた。
その不満への対応策が、近年の教育改革において一気に沸き上がってきた。例えば、勤務時間、長期休業中の自宅研修、人事考課制度、学校選択制、不登校対策や学力保障、外部評価、民間人校長の登用……。その多くはようやく着手されたばかりである。これらの施策がどういう意味をもつのか、いずれ歴史がその改革の成果を証明する。
学校教育の長い間の課題を達成するための改革は果敢に実行すべきである。それなくして、我が国の公立学校の明日はない。
しかし、さまざまな改革プランにまぎれて、学校バッシングとしか考えられない指摘もある。学校教育に携わる者は何だかんだと言っても「人がいい」者の集まりである。社会全体から見れば「お人よし」の集団である。
だから批判と同時にバッシングさえも、容易に受け止めてしまうところがある。
たしかに、学校教育への強い批判は戦後教育の総決算として仕方のない面もある。だからと言って、学校現場がおとなしいままではいけない。
私は、校長になって二年半が過ぎた。本書は、主として指導行政の場から現場の校長として赴任した時期のいくつかの仕事や意見を中心にまとめたものである。
私は、学校経営の方針の一つに「学校生活への満足度十パーセントアップ」を掲げている。今日の教育改革の具現化は、究極のところ、「学校の利用者である子どもと保護者の満足度」に反映されると考えたからである。
本書においてその実践のいくつかを紹介した。全国のさまざまな場で汗をかいている管理職や教師たちに向けてのささやかなメッセージになれば幸いである。
平成十四年十一月十日 /向山 行雄
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明治図書
















