- はじめに
- 第1章 未来社会を見据えた学校教育の再構築
- 第1節 日本の学校制度150年における「70年周期」の構造転換
- 第2節 「原体験に依拠した教育観」を越えて
- 第3節 教科書中心主義から,学びの再構築へ
- 第4節 「学びのプラン」とは何か
- 第2章 学力観の転換と資質・能力の構造化
- 第1節 学習指導要領における資質・能力(学力)の枠組みの変遷
- 第2節 学習指導要領改訂に伴う学習評価の変遷
- 第3節 PISA調査を契機とした学力観の転換と学習指導要領への影響
- 第4節 現行の学習指導要領における資質・能力の三つの柱
- 第5節 これからの授業づくりを支える次期学習指導要領改訂の考え方
- 第3章 「主体的・対話的で深い学び」の授業イノベーション
- 第1節 「主体的・対話的で深い学び」の理念と授業実践の指針
- 第2節 児童生徒が「主体」となる授業設計
- 第3節 「主体的・対話的で深い学び」の授業改善が提唱された理由
- 第4節 主体的な学びと「深い学び」を導く教師の問い
- 第5節 児童生徒の出番と教師の関わりによる「深い学び」の成立
- 第6節 「主体的・対話的で深い学び」を実装するための教師の働き
- 第4章 「学びのプラン」の理念と理論的基盤
- 第1節 学校教育で育成すべき資質・能力
- 第2節 「学びのプラン」の基本的な目的
- 第3節 授業イノベーションを実装する枠組みとしての「学びのプラン」
- 第5章 「学びのプラン」の構成と設計プロセス
- 第1節 「学びのプラン」導入における学校全体の体制整備
- 第2節 授業の主語を児童生徒へ移すことの意義
- 第3節 「学びのプラン」をどのように作成するか
- 第4節 児童生徒が主体となる学びと学びの循環
- 第5節 学びの可視化と形成的評価を支える「学びのプラン」
- 第6節 「学びのプラン」が創る学習の可視化と学びの保障
- 第6章 「学びのプラン」の作成に向けて
- 第1節 「学びのプラン」の作成
- 第2節 生成AIを活用した「学びのプラン」の作成
- 第7章 「学びのプラン」に基づく新しい学習評価の体系
- 第1節 「学びのプラン」を用いた学習評価
- 第2節 学習評価としての「学びのプラン」の意味
- 第3節 「学びのプラン」を活用した学習評価の実際
- 第8章 「チーム学校」として授業改善を実装する
- 第1節 なぜ「チーム学校」が求められているのか
- 第2節 学習指導要領が求めるカリキュラム・マネジメントの視点
- 第3節 なぜ,汎用的な資質・能力の育成が必要なのか
- 第4節 授業づくりに求められるパラダイムシフト
- 第5節 学校のグランドデザインが果たす役割
- 第6節 「聴いて 考えて つなげる」授業づくりの具体
- 第7節 「チーム学校」として授業づくりに取り組んだ学校の成果
- 第8節 「聴いて 考えて つなげる」授業を実装するための授業参観の視点
- 第9節 研究授業の在り方の転換
- 第10節 児童生徒の授業参観と事後研修の在り方
- おわりに
はじめに
未来社会に向けた学校教育の再定義
近年,GIGAスクール構想の推進により,1人1台のタブレット端末の活用が進み,児童生徒の学び方や交流の在り方は大きく変化しつつあります。一方で,授業の多くは依然として教科書の構成に沿った従来型の進め方にとどまっており,学習環境の変化が必ずしも授業の在り方そのものの転換には結び付いていないのが現状です。急速に変化する社会の中で,学校教育が次代を生きる子供たちの資質・能力をどのように育成すべきかを問い直すことは,喫緊の課題であるといえます。
本書は,近代学校教育の成立以来続いてきた授業の在り方を改めて問い直し,これからの学校教育が進むべき方向性を明らかにすることを目的としています。学校はこれまでも,社会の変化に応じて教育観や方法を更新しながら発展してきましたが,その過程では常に,日本の社会や文化の文脈に根ざした教育をいかに構築するかが重要な課題となってきました。
日本の学校教育は,明治期の学制に象徴されるように,国家形成と深く結び付きながら整備されてきました。日本銀行の開業という経済制度の近代化に先立って教育制度が整えられた事実は,人材育成が国づくりの中核に据えられていたことを示しています。しかし,教育は過去を継承するだけの営みではなく,未来を切り拓くための営みでもあります。文化や知を受け継ぎながらも,時代の変化に応じて柔軟に変容していくことが求められます。
近代学校教育の成立から約150年が経過し,産業構造や働き方が大きく変わる中で,学校教育に求められる役割も変化しています。2017(平成29)年改訂の学習指導要領で,「学力」は「資質・能力」として再定義され,学校教育そのものが質的な転換期を迎えています。これまでの優れた実践や成果を大切にしつつも,過去の成功に安住するのではなく,未来に必要な資質・能力をどのように育てるかを改めて考えることが重要です。
本書では,日本の学校教育が培ってきた授業の良さを基盤としながら,これからの授業の在り方を探っていきます。未来を創る教育の実現に向けて,学校教育が進むべき道筋を明らかにすることが,本書のねらいです。
授業の構造転換とイノベーションの視点
学校における授業は,時代の変化に応じて更新されていく必要があります。これまで行われてきた授業を否定するのではなく,明日に生きる子供たちに,次代が求める資質・能力をどのように育成するのかが,現代の授業に強く問われています。
2019(令和元)年度からGIGAスクール構想が本格的に進められ,タブレット端末やPCを活用した授業が広がってきました。児童生徒同士の交流活動や調べ学習など,学習の方法や環境には一定の変化が見られます。しかしその一方で,教科書の構成に沿って授業が進められるという基本的な枠組み自体は,大きく変わっていないのが現状です。つまり,ICTの活用によって授業の「手段」は変化しているものの,授業の「構造」は近代学校教育以来の従来型にとどまっているといえます。
こうした状況を捉え直す視点として,「イノベーション」という考え方は重要な示唆を与えます。イノベーションとは,既存の仕組みや慣習を見直し,新たな価値を創造する営みです。経済産業省の定義1に見られるように,社会や顧客の課題を起点とし,価値を生み出し,それを社会に広げていく一連の活動がイノベーションとされています。
これまでの授業イノベーションは,教師個人の力量や工夫に委ねられてきた側面が強く,学校としての共通のビジョンや体系が十分に共有されていない場合も少なくありません。企業がビジョンの不明確さや現場との乖離によってイノベーションに行き詰まるように,学校教育においても,目指す児童生徒像や育成したい資質・能力が具体化され,学校全体で共有されなければ,授業イノベーションは持続しません。
学校教育には,文化を継承するという保守的な側面がある一方で,未来を創るという本質的な役割があります。だからこそ,従来の授業を基盤としながらも,イノベーションの視点から授業を捉え直し,次代にふさわしい学びへと転換していくことが求められます。学校教育における成果とは,経済的な対価ではなく,児童生徒の資質・能力が確実に育成されていくことに他なりません。
現状を正しく見つめ,その上で未来に向けた新たな価値を創造していくことこそが,これからの学校教育における授業イノベーションの核心であるといえるでしょう。
学校教育における授業イノベーションの課題と組織的方策
学校教育における授業は,これまで個々の教師の力量や工夫に委ねられることが多く,学校全体として体系的かつ継続的に進めにくいという課題を抱えています。授業のビジョンや育てたい児童生徒像が抽象的なまま共有され,学校目標や管理職の方針が十分に浸透しない場合,授業づくりは教師の個人の単位にとどまり,学校組織としての改善サイクルが形成されにくくなります。こうした状況は,教師の異動の多い学校において,特に顕在化しやすい構造的な問題であるといえます。
一方,社会全体ではイノベーションの考え方が重視され,企業においては将来像を明確に描き,それを組織全体で共有しながら新たな価値を創出する取組が進められてきました。この視点は,学校教育における授業イノベーションを組織的に進める上でも有効な示唆を与えます。学校教育においても,育てたい児童生徒の姿や資質・能力を中長期的な視点で捉え,教師が共通の方向性をもって授業づくりに取り組むことが求められます。
そのためには,学校としての長期ビジョンを明確にし,「この学校だからこそ育てたい児童生徒像」を教師全体で共有することが重要です。さらに,「チーム学校」2として協働する体制を整え,授業づくりの考え方や重点を明確にすることで,授業イノベーションを個人の努力から組織的な取組へと転換することが可能になります。
このように,明確なビジョンと共通理解に基づいた授業改善を進めることで,学校全体として新たな教育価値を創出し,持続可能な授業イノベーションの実現につながると考えられます。
継続性を基盤とした教育研究と授業イノベーション
学校教育における運営のトップは校長であり,各学校でのイノベーションの推進は,校長が中心となって担う重要な役割です。しかし近年,校長の在任期間は短期化しており,2〜3年,長くても5〜6年で交代するケースが一般的となっています。その結果,教育研究の方向性が十分に継承されず,研究主題が短期間で次々と変更される状況も生じています。
多くの学校では毎年,教育研究が計画・実施されていますが,その成果が日常の授業づくりとして定着するまでには,一定の時間を要します。実際には,研究の成果がようやく授業に表れ始めた段階で,校長や教師の異動によって取組が中断される例も少なくありません。指定研究などで大きな成果を上げた学校であっても,研究発表後に新たなテーマが設定され,蓄積された成果が十分に生かされないケースも見受けられます。
一方,公立小・中学校は地域に根ざした存在であり,継続的な授業研究を行うことは,その地域がもつ教育的風土や良さを継承しながら教育の質を高めることにつながります。長期にわたる研究を重ねてきた学校では,過去の実践を土台としつつ,新たな課題意識をもってイノベーションが生み出されています。教育研究は,児童生徒の成長の過程に寄り添いながら積み重ねられる営みであることを,改めて確認する必要があります。
教育研究が真に意味あるものとなるためには,各学校で行われる授業研究を,従来の研究授業にとどめるのではなく,学校全体で創り出す授業イノベーションへと発展させていくことが求められます。
2026年3月 /木 展郎
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明治図書

















