- はじめに
- T 総合表現型カリキュラムのデザイン
- /田中 博之
- 1 21世紀になぜ総合表現が必要なのか
- 2 子どもを表現者にする総合的な学習
- 3 単元の基本モデルと典型的な活動
- 4 実践スキルの評価ポイント
- U 子どもを表現者にする総合的な学習
- A 豊かな表現力を培うことでコミュニケーションを深める /時得 紀子
- 1 総合表現に取り組む欧州の学校
- 2 6年間を通じた多様な体験の集大成
- 3 音楽科を核として,すべての教科がかかわった中学校の実践
- 4 東京学芸大学附属大泉小学校および上越教育大学附属中学校の実践例から学ぶ
- 5 子どもを表現者にする総合的な学習の実践にあたって
- 6 世界に向けて日本の文化を発信できる人材の育成
- B 創造的音楽学習から,メディアを活用した表現活動へ /小林 田鶴子
- 1 学校全体を「劇場」にした表現活動
- 2 総合表現を支援する作詞作曲編曲ソフトウェア
- 3 テレビ会議システムを活用した遠隔演奏
- V 自己表現の達人を育てる実践事例(小学校編)
- A 「やまなし」の世界を表現しよう
- ――情報 /宮澤 篤志
- 1 学校改革への歩みと取り組み
- 2 マルチメディアプロジェクト学習の実践
- 3 成果とこれからの課題
- B 「かがやき集会」を開こう
- ――総合表現 /西 孝一郎
- 1 総合表現活動を目指して
- 2 何が「総合」表現活動なのか
- 3 力を付ける「かがやきタイム」
- 4 力を合わせる「かがやき集会」
- 5 力を伸ばす「かがやきフェスティバル」
- 6 活動を振り返って
- C 英語でチャレンジ! ――英語を使って寸劇作りをしよう
- ――英会話 /梅本 多
- 1 英語活動における寸劇作りについて
- 2 子どもたちにつけたい力
- 3 寸劇作りの実践例
- 4 評価とこれからの課題
- D 「わたしの平和,みんなの平和」
- ――平和 /石原 一弘
- 1 はじめに113
- 2 学習展開案114
- 3 活動の様子116
- 4 卒業式に向かって,自分たちの未来に向かって127
- W 自己表現の達人を育てる実践事例(中学校編)
- A The Making of the Drama
- ――演劇 /上妻 昭仁
- 1 はじめに
- 2 子どもたちにつけたい力
- 3 単元構想のアイディア
- 4 地域を生かす工夫
- 5 子どもたちの活動の流れ
- 6 評価とこれからの課題
- B ミュージカルによる「生命」の表現――「見つめよう生命を 〜私たちの生き方を考えよう〜」
- ――生命 /中谷 成男
- 1 子どもたちにつけたい力
- 2 単元構想のアイデア
- 3 地域を生かす工夫
- 4 子どもたちの学習の流れ
- 5 評価とこれからの課題
- C 「全員参加の劇・影絵づくり」から「総合的な学習〜表現活動〜」へ
- ――演劇 /大場 真護
- 1 子どもたちにつけたい力
- 2 単元構想のアイデア
- 3 地域を生かす工夫
- 4 子どもたちの活動の流れ
- 5 評価とこれからの課題
- X 実践事例の評価と課題
- /田中 博之
- 1 小学校コメント
- 2 中学校コメント
はじめに
ヒトは,自己表現によって人となる。動物としての基本的欲求を満たすだけでなく,自分の感情や個性,夢や希望を伝えるために記号を用いたとき,人間が生まれるのである。
また,人間の自己表現は,双方向である。例え私小説における独白という形式をとったとしても,それは読者という相手を想定した自己表現である。公園においてあるオブジェも,また見る人とのコミュニケーションを期待している。したがって,人間が社会的存在である以上,人間同士の相互理解と共同作業のためにコミュニケーションは不可欠の人間的行為である。
コミュニケーションにおいて用いる記号体系がただ一つだけである場合には,これまでの学校教育においても学習の対象とされてきた。例えば,言語表現については,国語科が,作文,スピーチ,台本づくり,討論などの方法を学ぶ機会を提供している。また,音楽表現や造形表現についても,それぞれの教科教育が用意されている。さらに身体表現は,わが国では体育科の中にダンス領域として扱われている。
しかし,これからの学校教育で大切にすべき表現方法は,そうしたいくつかの表現方法を組み合わせる総合表現活動である。総合表現は,言語表現,音楽表現,造形表現,そして身体表現を組み合わせる総合的な表現活動である。そこには,伝統的な演劇や,ミュージカル,音楽劇,そして現代的なマルチメディア表現や,メディアと身体,オブジェ等を組み合わせた総合芸術表現等が含まれる。
また,総合表現は,プロジェクトである。なぜなら,それは個人から発信される自己表現ではなく,いくつかの自己表現が豊かな共同作業によって組み合わされた共同表現だからである。そのために,企画の立案から,脚本の作成,稽古,リハーサル,上演,反省という一連の多様な活動ステップの中に,さらに,衣装,照明,道具,演奏という多様な役割が必要となる。
そして,総合表現は,すべての自己表現活動と同様に,人間の自己実現のための活動である。自分たちのメッセージを豊かに表現することによって,多くの他者から承認されることは,自己の承認欲求を満たし,自己の過去にピリオドを打ち,新しい未来の自己の創造への契機を用意してくれる。
このような意味で,総合表現は,教育活動として有意義なものであるだけでなく,まさに総合的な学習の学びのモデルにふさわしい活動である。
現時点では,まだわが国の学校教育において正式な位置を占めていないこの総合表現であるが,次期学習指導要領の改訂においては,小学校及び中学校において,必修教科であれ選択教科であれ,表現科や演劇科が導入されることを信じている。英国では,すでに10数年以上前から中学校において「表現科」や「演劇科」が,選択教科として用意されている。
ただし注意しなければならないのは,現在米国において問題になっていることに配慮して,こうした芸術関係の選択教科が,数学や理科といった知的教科の選択を排除するようなシステムを作らないということである。小学校や中学校においては,あくまでも幅広い教科のバランスのとれた履修システムが必要になるのである。
しかし逆に,表現科のために理数系の教科学力が低下するという理由づけで,表現科の設置そのものに全面反対するのもまた,総合表現の豊かな教育効果を見逃してしまうことになる。総合表現は,理数系教科が苦手だから選択するのではなく,すべての子どもの表現力とティームワーク力,そして自尊感情を高めるために学ばれるようにすることが大切である。今こそ,理数系の教科学力が高い子どもにこそ,ミュージカルや音楽劇で豊かな表現力を身につけさせることが大切である。
以上のような問題意識に基づいて,この第3巻では,総合表現型の総合的な学習を実施するためのカリキュラム構成について具体的に提案することをねらいとしている。
総合表現型の総合的な学習は,演劇やミュージカルそしてマルチメディア表現を通して,子どもたちを豊かな表現者にすることをねらいとしている。そこで身につけた豊かな表現力は,21世紀社会のあらゆる場面で,企画,交渉,提案,プレゼンテーションをするときに,必ず大きな自己アピールの道具になるだろう。
さて,本書の構成は,次のようになっている。
まず,第T章では,編者が,総合表現のねらいや教育目標,実践にあたっての考え方などを,理論的に考察している。
そして,第U章では,わが国で総合表現を教育に取り入れるための優れた実践的研究をしておられる時得紀子先生と小林田鶴子さんに,理論と実践をつなげながら,総合表現を実践するためのポイントを解説していただいた。
第V章,第W章では,小学校と中学校において優れた実践をしておられる全国の先生方にお願いして,総合表現の実践事例についてのレポートをお願いした。どの実践も,調査研究型の実践事例が多い中で,総合表現というこれからの総合的な学習の新しい方向性を力強く提案していただくことができた。心から感謝している。
最後に第X章では,第V章,第W章の7つの実践事例について,編者のコメントをのせている。いくつかの実践を比較したり,実践報告には必ずしも書かれていないそれぞれの実践の特徴やメリットを,できるだけわかりやすく解説してみることにした。ここから,総合的な学習における授業づくりや,子どもを見る視点を読み取っていただければと願っている。
さて,編者をはじめこの18年間にわたって,常に新しいアイデアとたくましい実行力で,総合的な学習のカリキュラム開発の最前線を切り開いてくださった共同研究者の先生方に,深く感謝したいと思う。日本の子どもたちを幸せにして,子どもの教育を通して新しい日本の創造に貢献しているのは,まさに本書で実践事例を提案してくださった先生方なのである。
最後になったが,編者の執筆の大幅な遅れにも関わらず,編者らのこのような真摯な取り組みに注目して,研究成果の公開をこのような全6巻という大きな講座で行うことを勧めてくださった明治図書企画開発部の江部満さんには,心から最大級の感謝の意をお伝えしたいと思う。
21世紀の学校改革が本講座から始まることを切に願っている。
編者 /田中 博之
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- 明治図書