- シリーズ 監修の趣旨
- 第1章 検証・子どもの育ちを待てない大人たち
- 1.振り子の揺れ方がおかしい
- 教育とタイムリミット/ 教育改革スケジュールの再整理
- 2.検証1・分数ができない大学生
- 告発の論理/ 大学生の学力向上策
- 3.検証2・いわゆる「1.5ショック」
- 「ゆとり教育見直し」?/ 想像以上だった余波
- 4.検証3・「2002アピール 学びのすすめ」の意味
- 「確かな学力」の登場/ 「アピール」のもう一つの問題/ 学習指導要領は「大綱」である
- 第2章 12年間で育てる学力
- 1.どこまで熟成を待てるか
- 「生活科元年」の子どもたち/ 小・中・高等学校の学習指導要領の比較
- 2.「生きる力」の未来予想図
- 自立的学習能力への注目/ 自己評価能力への注目/ コミュニケーション能力への注目
- 3.なぜ,今「未来予想図」か
- あらためて,タイムラグに注目/ フロント・エンド・モデルからリカレント・モデルへ
- 第3章 小・中・高等学校に期待される学びの態様
- 1.熟成に向けた重心移動
- 重心移動の発想/ 自立的学習能力の獲得のプロセス/ 自己評価能力の獲得のプロセス/ コミュニケーション能力の獲得のプロセス
- 2.小学校における重心
- 学級集団を基盤とした多様な体験の蓄積/ 教師の積極的な支援/ 学習意欲の喚起に結びつく活動の選択
- 3.中学校における重心
- 目的に応じた学習集団形成/ テーマの自在な選択と展開/ 確かな自己意識の形成
- 4.高等学校における重心
- 自己の課題意識に基づく学習の自立的展開/ 社会的問題の素材化/ 適性の発見と進路選択へ連なる学習
- 第4章 小学校における実践事例
- 1.学校からの依頼に応えて
- 依頼はある日,突然に/ 授業プラン
- 2.実録「ボランティアへの一歩を踏み出そう」
- 4年生の教室で,さあ授業/ 単元が終了しても学習は続いた
- 3.教師がどう介入するか
- 単元構成の特徴/ 「課題」って何?/ 学習の深化には教師の介入が不可欠
- 第5章 中学校における実践事例
- 1.「健康教育の導入」というリクエスト
- 長期研修生の学校で/ リクエストは健康教育
- 2.実録「あなたの体力ピークは?」
- 初めての中学校の教室で/ 飛び込み授業にハマる
- 3.教師がどう介入するか
- 学習の「枠」を示すことの是非/ 本授業の効果/ オリエンテーションの機能
- 第6章 高等学校における実践事例
- 1.MNCS方式プロジェクト学習の実践に向けて
- 三者の思惑が一致して/ フォーマットのリメイク
- 2.実録「プロジェクト学習の軌跡」
- まずは趣旨説明/ 緊張をほぐすアイスブレーキング/ 企画書作成のためのデモンストレーション/ いよいよ企画書作成/ アフターフォロー/ 発表会に招かれて
- 3.プロジェクト学習の可能性
- 中学校・高等学校の基本モデルとしての意味/ トライアルの最前線/ 新たな進化の方向
- 第7章 必須条件としての教師の成長・学校の自立
- 1.中央教育審議会「答申」の解釈
- 「答申」の趣旨/ 総合的な学習の時間の「課題」
- 2.教師の成長・学校の自立
- 「見直し」への警戒/ 教師の成長・学校の自立
- 3.新たなコラボレーションの可能性を探る
- 学校の自立とコラボレーション/ 学校間のコラボレーション/ 外部とのコラボレーション/ 実践者と研究者のコラボレーションの可能性
- おわりに
シリーズ総合的な学習で「学び」の未来を拓く
監修の趣旨
子どもが育つには,何と言っても“ゆとり”が必要です。もちろんゆとりとは,ただただのんびりすることを指すわけではありません。学ぶ気になる準備と納得のゆくまで追究するための時間的なゆとりのことです。
矢継ぎ早に浴びせられる大人からの要請に応えるだけの学びの環境には,ゆとりがありません。これまでの教育では,子どもの育ちを待てない大人の性急さから,そのゆとりが奪われてきました。不登校やいじめ,そしていわゆる学級崩壊などの現象は,そうした環境から発せられる子どもたちの悲鳴なのです。
総合的な学習の時間は,そうした状況を改善し,子どもたちのなかに確かな学びの意欲と自らの将来への見通しを何よりも大切にするために誕生したと私たちは考えています。そのために必要なことは,子どもの内側に学ぶ目的を明確にもたせることです。自分にとって何よりも重要で切実な問題のために,本気で学ぼうとする強い意志をはぐくむことです。
最近の子どもたちの様子から,多くの大人たちはそんなことは絵空事だと思うようです。そして,“鉄は熱いうちに打て”式の教育観が再び幅を利かし始めています。しかし,そう思わざるを得ない状況を作り出したのは,他ならぬ私たち大人であったことを思い知るべきです。悲しいことに,子どもたちも学校では自分たちが本当にやりたいことができないのだと思いこんでいます。学校の外ではそこそこ元気に振る舞うのに,学校に入ったとたんにシュンとしてしまうケースも決して少なくありません。
私たちは,そうした状況を改善することで,学びの意欲を再び取り戻すことが可能であると信じています。深い眠りについている子どもたちの意欲や問題意識を覚醒させる環境さえ整えれば,子どもたちが学びのステージに堂々と立つことができると信じています。
そのことを,私は過去3年にわたって“定点観測”を続けているアメリカのミネソタ・ニューカントリースクール(以下,MNCS)の生徒たちを見て確信しました。「今の悩みと言えば,やってみたいテーマがたくさんあってどれから取り組めばいいかということです」。プロジェクト学習に熱中している手を止めて,インタビューにこう答えてくれた中学生のはつらつとした表情を忘れることができません。それは,“学びからの逃走”が深刻化しているわが国の教育状況とはあまりに対照的です。むろん,MNCSがそこに至るまでの道のりは決して平坦ではなかったと思われます。チャータースクールとして開校以来,10年近くの年月を費やしているのです。
総合的な学習の時間は,子どもたちを信じ,時間をかけて熟成させていくものです。私は新教育課程への移行期間である平成11年に「『総合』進化論」と名付けた一文を書きました。(『総合的学習研究1』千葉総合的学習研究会機関誌所収)その時期から,願いどおりの成果をあげるにはかなりの時間が必要であると考えていました。しかし志半ばで,すでに雲行きが怪しくなってきました。その主たる原因は,いわゆる“学力低下論”の嵐です。その余波で,教育の現場は相当に揺れています。「総合的な学習などをやっている場合ではない」という空気すら漂い始めています。
そうした混乱を察知したのでしょう。平成15年10月7日に,「初等中等教育における当面の教育課程及び指導の充実・改善方策について」と題する中央教育審議会の「答申」が発表されました。その内容は,新学習指導要領や学力についての基本的な考え方の再確認が中心となっていますが,総合的な学習の時間のあり方についても相当踏み込んだ指摘をしています。「骨子」からその点を確認しておきましょう。
(3)「総合的な学習の時間」の一層の充実
○ 「総合的な学習の時間」の趣旨に即した創意工夫あふれる取組が増加。一方で「目標」や「内容」が明確でなく検証・評価が不十分な実態や,教員の必要かつ適切な指導を欠き,教育的効果が十分上がっていない取組も。
○ 学習指導要領の記述を見直し,その趣旨を一層明確化。各教科等の学習内容との相互の関連や計画的な指導,学年間・学校間・学校段階間の連携等を明示。
○ 各学校において「学校としての全体計画」の作成,各学年の目標や内容,評価の在り方等についての自己評価の実施等により,取組内容を不断に検証。公民館,図書館,博物館,社会教育関係団体等との連携・協力や,地域の施設や経験豊かな人材など多様な教育資源を把握し,活用。
この「答申」に対して,その後の新聞報道では,特に「各教科の内容との関連」や「全体計画の作成」などが注目されています。しかし,そうしたフレームの整備よりももっと重要なことは,総合的な学習の時間における学びの質的向上をどう図るかという点です。その意味では,とりわけ「学校段階間の連携」「教員の適切な指導」「評価のあり方」の3点が重要だと思われます。
私たちは,これまでの実践や研究を通して,すでにそうした問題の所在を承知していました。そして,全4巻の本シリーズはその改善策を提言するために企画されました。いわば,中央教育審議会の「答申」に先駆けて,問題の整理と具体策の検討を行ってきたのです。
本シリーズが提案するのは,先に整理した問題に対応した次の3点です。第一は,小学校から高等学校までの12年間をかけて確かな学びと意欲をはぐくむ道筋を示すことです(第1巻)。第二は,教師の適切な役割とそれがもたらす教育的効果を検証することです(第2・3巻)。第三は,そうした道筋や学習環境を通して育つ子どもたちの「学力」を証明することです(第4巻)。
第2巻担当の佐瀬一生,第3巻担当の青木一は,いずれも平成10・11年の2年間にわたって,千葉大学大学院(社会科教育専攻)に在籍し,総合的な学習をテーマに修士論文をまとめました。第4巻担当の市川洋子も,平成11・12年に千葉大学大学院(理科教育専攻)に在籍し,ポートフォリオ評価について修士論文をまとめました。いずれも強い意志と教育への情熱を持ち合わせている千葉総合的学習研究会のメンバーです。今回の執筆はむろん大学院在籍期間中に執筆した修士論文が基盤になっていますが,その後に開発した意欲作を豊富に紹介します。
なお,監修の趣旨に照らせば高等学校編をぜひ加えたいところですが,残念ながら現時点では1冊にまとめるだけの実践例の集積ができませんでした。そのため,第1巻でできるだけ紙幅を充てて紹介しますが,そう遅くないいずれかの時期に第5巻として刊行したいと考えています。いずれにしても,子どもを至近距離から支えて奮闘している先生方にぜひともお読みいただき,教育の未来を拓く確かな第一歩を共に踏み出したいと願っています。
最後になりましたが,前シリーズ(『総合的な学習の評価〜子どもが伸びる評価の実際〜小学校編・中学校編』)に引き続き,今回もまた私どもに出版のための機会と勇気を与えてくださった明治図書の仁井田康義さんに,そして多くの貴重な実践事例を提供してくださった方々に,心から御礼申し上げます。
平成16年1月 監修者 /上杉 賢士
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- 明治図書