- はじめに
- 第1部 総合的な学習に新しい息吹を!
- 1 総合的な学習で国際標準の学力がつく
- 2 子どもの課題から出発したテーマ学習
- 3 気になるあの子の自己肯定感アップと笑顔
- 第2部 新時代の人権教材モデル
- @「いのち」に関わる教材モデル
- 1 小学校低学年「みんな大きくなったよね」
- ワーク・資料
- @−(1) おへそのひみつ
- @−(2) おうちの人にインタビュー
- 2 小学校中学年「自分史をつづろう―2分の1成人式」
- ワーク・資料
- @−(3) 10歳になるまでの生い立ちを表にしてみよう
- @−(4) 家族の人からのメッセージ
- 3 小学校高学年「命を見つめて」
- ワーク・資料
- @−(5) マークでつづる わたし・ぼくの年表
- @−(6) 私の成長を支えてくれた○○へ
- A「家族・恋愛」に関わる教材モデル
- 1 小学校高学年「いろいろな家族」
- ワーク・資料
- A−(1) いろいろな家族
- A−(2) こんな新しい家族の形も…
- 2 中学校〜高校「すてきな恋愛とは」
- ワーク・資料
- A−(3) いろいろな恋愛
- A−(4) いろいろな性
- A−(5) もしも友達が困っていたら……part1
- A−(6) デートDVは,人権侵害
- A−(7) もしも友達が困っていたら……part2
- A−(8) すてきな恋愛〜結婚とは?
- A−(9) もしも友達が困っていたら……part3
- B「学校」に関わる教材モデル
- 1 小学校中〜高学年「学校をユニバーサルデザイン化する」
- ワーク・資料
- B−(1) ユニバーサルデザインの考え方を学ぼう
- B−(2) 学校をもっとユニバーサルにしよう大計画
- 2 小学校高学年「生きる,学ぶ,わたしたちの学校」
- ワーク・資料
- B−(3) 子どもの権利条約
- B−(4) 問診票にチャレンジ(ペルシャ語版)
- B−(5) ワークシートにチャレンジ(日本語版)
- B−(6) 『ほんまにやさしいまごでっせ』を読んで
- C「仕事」に関わる教材モデル
- 1 小学校中学年「働くって,どういうこと?―家族の仕事から」
- ワーク・資料
- C−(1) 『十五少年漂流記』のように
- C−(2) 家計について考えてみよう
- C−(3) おばちゃんの仕事は,くみ取りの仕事
- C−(4) おうちの人にインタビュー
- 2 小学校高学年「トライ・ザ・フューチャー」
- ワーク・資料
- C−(5) 男の仕事? 女の仕事?
- C−(6) 仕事について,インタビューをしよう!
- 3 中学校〜高校「労働と人権について考えよう」
- ワーク・資料 C−(7) 就職の自由とは?
- D「地域」に関わる教材モデル
- 1 小学校中学年「○○町のここがスゴイ!」
- ワーク・資料
- D−(1) ○○町のここがスゴイ!プロジェクト bP
- D−(2) ○○町のここがスゴイ!プロジェクト bQ
- 2 小学校中〜高学年「共生―ちがいをゆたかさに」
- ワーク・資料
- D−(3) ゲストティーチャーからお話を聞こう
- D−(4) かけがえのない自分らしさ
- D−(5) ほかの人と自分との「ちがい」をみつけよう!
- D−(6) クイズをしよう! bP 差別はどれ?
- D−(7) クイズをしよう! bQ 平等ってどんなこと?
- E「平和・国際化」に関わる教材モデル
- 1 小学校高学年〜中学校「平和とは」
- ワーク・資料
- E−(1) 「平和・いのち」の言葉からウェビングをしよう!
- E−(2) 戦争体験者から話を聞こう
- E−(3) 平和について,もっと考えてみよう
- 2 中学校〜高校「多文化共生」
- ワーク・資料
- E−(4) 在日外国人資料
- E−(5) それぞれの生き方
- E−(6) 多文化共生社会を作る
- F「メディア」に関わる教材モデル
- 1 小学校高学年〜中学校「ネット社会とのつき合い方」
- ワーク・資料
- F−(1) 掲示板
- F−(2) メディアを読み解く力をきたえよう
はじめに
低学力の課題がクローブアップされて久しいです。保護者は,わが子の将来に不安を覚え,落ち着いて学習できる学校環境でよりよい教育をと願います。学校現場は,「学力向上」⇒「学力テスト」⇒「成績公開」⇒「ランキング」⇒「競争激化」に加速がかかり,教員は業績を向上させないと「ダメ教員」のレッテルをはられてしまいます。全体の平均点を上げることだけに必死になれば,一人一人の子どもたちの学力課題(つまずき)に丁寧に対応することがおろそかになったり,点数に表れる学力だけに縛られたり,何より,子どもたちの心身ともに健やかな心を蝕むことになりかねません。
学力をつけることは言うまでもなく大切です。しかし,「学力を高めるにはテストの得点で競わせるしかない」「敗北する子どもは自己責任」という狭い学力観,偏った教育観(子ども観),画一的な方法論になることは危険です。
学校の先生たちの困っていることや悩みを聞く機会があります。
「攻撃的な子どもがいる」
「自分の気持ちを表現できない子がいる」
「子ども同士が,つながろうとしない」
「不登校傾向や被虐待傾向の子どもが増えている」
「保護者と連携が難しい」
「発達障害の子どもにどう対応すればいいのか」
「教室から出て,うろうろする子がいる」
「友達をいじめて平気な子たちがいる」
「教員に反抗的でまったく注意を聞かない」
と,さまざまです。このような子どもたちに対して,生徒指導を強化し,テストと競争を繰り返すだけで効果はあがるでしょうか? 何より,授業以前の段階でつまずいている子どもたちが多いのが事実です。子どもたちの課題は,年々,深刻化しています。
先生たちは,自分の指導力のなさに自責の念を抱いています。諸外国の人たちからすると,日本の学校の先生の責任感と仕事の多忙さには驚くそうです。それだけ熱心で責任感があるため,抱え込んでしまうのです。
3.11で私たちは,効率化だけを追い求める社会への疑問を投げかけたのではなかったでしょうか。人と人とのつながりこそが,生きる強さになると確信し,学校に行くという当たり前の日常がどれほど子どもたちの心のよりどころになっているか気づいたのではなかったでしょうか。そして,人が人として生きるために大切なことは何かを考えさせられたのでした。いのち,家族,平和,環境,防災,共生,絆……等々。
学力とは,何でしょうか。学力とは,得点化できる一部の教科の学力だけではないのです。美しいアートを創り出す力,鑑賞して感動する力,いのちや平和を尊重し,そのために行動できる力,社会の問題に取り組み,じっくり考え判断する力,自分とは異なっている意見や文化・宗教を尊重し,多様な生き方を認める力,人々と協力して事を成し遂げる力,人の気持ちをくみとる力など,さまざまあるでしょう。
国際的には,OECDでは,PISA調査のベースとなる国際的標準学力をキー・コンピテンシーとして,次の3つに整理しています。
@ 社会,文化的,技術的ツールを,相互作用的に活用する力
A 自律的に行動する能力
B 多様な社会グループにおける人間関係形成能力
のちほど詳しく述べますが,要するに,必要な情報を受け取り,発信する力,自己実現のために社会参画していく力,社会の中の多様な人と接し,自分とは異なる立場の人々とも交流していく力が必要だということです。このキー・コンピテンシーに着目したとき,改めて総合的な学習の意義が見えてきます。
先に挙げた子どもたちは,現象はさまざまですが,共通するのは,みな自分に自信がないということです。いわば自己肯定感の低い子どもたちです。「どうせ私(ぼく)なんか……」「誰もわかってくれない」「将来の夢なんて……」という絶望感や焦燥感,あるいは怒りの感情をため込んでいます。このような子たちにこそ,総合的な学習の時間によって,夢と希望を持てる授業を展開したいものです。自己肯定感は,教科の学習意欲をも引き起こし,自己実現に向けて生きる力をつける原動力になります。
子どもにとって何より必要なのは「自分は生きていていいのだ」「人とつながって生きることは楽しいことなのだ」「自分はかけがえのない存在なのだ」というような自己肯定感です。これは,テストの点数で認められる他者からの承認欲求だけでは満たされないものなのです。全員が100点はあり得ませんし,たとえ点数が上位で,他者から承認されたとしても,点数が下がることがあるかもしれません。試験や受験で思い通りの結果が出ないときもあります。他者と競争・比較しての「承認」は,非常にも危うく,もろいものです。
自己肯定感とは,「あるがままの自分を受け入れ,好きになる」感覚です。これは,自分の権利が尊重されている状態です。自己肯定感は,他者肯定でもあり,他者の権利も尊重するということです。他者と比較して自分が優位に立っているときだけ高まる感情ではなく,どんなときもあるがままの自分を受け入れられる感情こそが自己肯定感(=セルフスティーム)だという考え方です。学力を論じる場合,この自己肯定感という概念がキーワードになるというのが,私の立場です。
子どもたちの自己肯定感を高め,友達や家族,地域の人,社会とより深く関わり,自分の将来像を描くことのできる力を育てるという目標として,本書では総合的な学習の教材モデルを提示したいと思います。これは,国際標準学力であるとされるキー・コンピテンシーにもっとも近い目標です。総合的な学習の時間は,低学年では生活科です。また,道徳や特活,教科と連携しながら進めていきます。
この本では,7つのテーマで,15の教材モデルを紹介します。どんな子どもを軸にして,どう進めていくか,テーマごとのねらいや指導計画,実際に実践した学級でのエピソード等を紹介します。これらは,私が小学校教員時代の実践や,佐賀大学で,小・中学校の先生たちと一緒に創ってきた実践を土台にしています。これらの実践を普遍化して「教材モデル」として提示しています。多くの先生たちの協力によって出来上がった本です。ここに登場する子どものエピソードは,本人が特定されないようにプライバシーに配慮し,本質の部分を抽出する形で子どもの特徴など細部は改変しています。
学級の中で,気になる子どもたちが元気で笑顔になるように,子どもたちの実態に合わせて,シフトチェンジ,アレンジ,デコレーションなどなど,いろいろ自由に,楽しみながら,活用してみてください。
2012年6月 佐賀大学 /松下 一世
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- 明治図書