総合的学習へのアプローチ1[創る]担任が読む

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教師側の意図を先行させた枠組みではなく、子どもの活動の質に注目したカテゴリーとして、[創る]活動としての特徴を持つショート・レポートを収録した総合的学習の初めの一歩。


復刊時予価: 2,563円(税込)

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電子書籍版: なし

ISBN:
4-18-032913-1
ジャンル:
総合的な学習
刊行:
対象:
小・中
仕様:
A5判 160頁
状態:
絶版
出荷:
復刊次第

もくじ

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はじめに
第1部 総合的学習に期待されること
第1章 総合的学習の私的前史
1 手のひらの砂
2 「体験科」設置の試み
第2章 総合的学習の考え方・進め方
1 新学習指導要領が示唆すること
2 「生きる力」の解釈をめぐって
3 どんな活動に取り組むか
4 子どもの学びがどう変わるか
5 教師の役割がどう変わるか
6 体験的に学ぶこと、地域で学ぶこと
7 評価についての考え方
8 “初めの一歩”の踏み出し方
第3章 新たな学校文化創造への期待[創る]
1 子どものカテゴリー
2 遠い日の記憶から
3 凧作りに含まれていたもの
4 「創る」体験が意味すること
5 「創る」体験を支える教師の役割
第2部 総合的学習へのアプローチ[創る]
1 好きなもの,みんなで作ろう・5年〜わりばし飛行機から広がった世界〜
2 私はアリババ,ひらけゴマ・4年〜混成メンバー36人による演劇への挑戦
3 地域のガイドブックを作ろう・3年〜「調べて書いて作る」活動〜
4 それいけ 2年生マン〜2年生フェスティバルへの取り組み〜
5 打瀬の秋を伝えたくて・6年〜多様な表現方法を求めて〜
6 5年生の思い出をつくろう〜ピーターパンに願いをこめて〜
7 基地をつくろう・1年〜夢の世界に遊ぶ子どもたち〜
8 自分たちの町再発見・5年〜身近な地域の探検とマップづくり〜
9 ときめいて 5年4組〜クラスの歌づくりがもたらしたもの〜
10 これがぼくらの箱根道中記・6年〜オリジナル立体紙芝居作りを通して〜
11 時間割をつくろう・2年〜子どものための学校,子どものための学習〜

はじめに

 総合的な学習の時間の実施が,いよいよ秒読み段階に入った。いくつもの研修会や学校で話をさせていただいた感触からいえば,この総合的な学習の時間に対する受け止め方には,かなりの温度差があるように思える。

 未体験ゾーンの入口で,実のところだれもが確信などもっているはずはない。だから逡巡するか,だからこそ前向きになるか。温度差というのは,実はその点に関する態度の違いのことである。

 たとえば,次のような質問に出会ったことがある。

─あなたの話は9割はよく分かりました。しかし,最後にどうしても納得できないのは,子どもたちの主体性や自発性に期待しても,現状ではとても無理な話だと思うからです。好きなことをしていいといえば,一日中テレビゲームに没頭するようなことになりかねません。

 私は,次のように答えた。

─それでは,仮に頭にテレビゲームのことしかないような子どもたちとのもぐらたたきゲームを,これからもずっと続けるつもりですか。総合的な学習の時間は,学校というこれまでの息苦しかった空間に少しだけすき間を空けて,5年先,10年先を見据えて子どもたちの元気を取り戻そうという試みなのです。

 たいていの方には,この説明で納得していただける。しかし,残る問題は,何からどう始めればよいか分かりにくいという点にある。それを確かめるために,書店に並んでいる事例集を手に取ると,気が遠くなるほどのすばらしい実践が連綿と綴られている。

 そんな経験をもつ方からの質問には,次のように答えてきた。

─事例を提供している研究開発校や国立大学の附属学校は,短いところでも数年の時間をかけて,ようやくここにたどりついたのです。それを参考にしながら,同じだけ時間をかけて,できることならそれより少しだけ短い時間でそこにたどりつけばいいだけの話です。

 不安のほぼ半分は,この説明で解消できる。

 いずれにしても,総合的な学習の時間をめぐる議論のキーワードは「タイムラグ」である。直面している事態があざやかに変わらなければならないとする潔癖さ。途中をショートカットしていきなり完成イメージに近づけなければという性急さ。そうした態度が,総合的学習をめぐる議論を一層複雑にしている。

 あらためて総合的な学習の時間の基本的な性格をマクロにとらえると,次の2点に集約される。

○ これからの時代に必要な資質や能力を「生きる力」ととらえ,その育成を本気になって考えること。

○ そのために,子どもの学びの質に注目し,「吸収型学習」一辺倒だったこれまでの教育課程を見直し,「創造型学習」の機会を豊富に用意すること。

 原理的にはこのように至ってシンプルなのだが,吸収型学習の指導に長い間浸り続けてきた私たち教師には,創造型学習といってもピンとこない。これが分かりにくさの原因であるとともに,理解の適否を決める最も重要なポイントである。

 たとえば,吸収型学習では正解がありそれを求めて学ぶのに対して,創造型学習には正解がない。教師にとっては正解がない学習指導なんて想像だにできないし,子どもたちの戸惑いもまた大きい。

 たとえば,吸収型学習では,教師はあらかじめ正解を知っているインストラクターとして君臨すればよかったのだが,創造型学習ではそれが不可能である。そこで必要とされるのは,子どもが最も輝く学習環境を用意するというコーディネイターとしての役割なのだが,そんなことはまったくの未経験である。

 しかし,よく考えてみると,私たち教師にはこれに限りなく近い経験がまったくないわけではない。たとえば,子どもたちの意欲の盛り上がりに応じて,実際にはしばしば予定を変更してきた。予期せぬ方向に学習が発展・拡大していくこともあったし,それを楽しんでもきた。時には,教材研究の成果を放り出して,子どもに寄り添った方がよい授業になったということもあった。

 おそらく,総合的な学習の時間へのアプローチは二つある。一つは,前に述べたように,望ましい学びの具体的な姿に注目し,それを発展・拡大させる方向に総合的な学習をイメージすること。もう一つは,理論を学び,フレームワークをしっかりしてから実践に臨むこと。

 目下のところ,ほとんどこの後者だけが注目されている。そのために,先進校の事例集がもてはやされ,それをまねていきなりラージサイズのプログラムに挑戦するケースもある。しかし,教師のプランが子どもに先行する実践は,総合的な学習の基本的な性格を最初から損なう。他校の事例が,目の前の子どもたちにも同様な効果を発揮するとは限らない。それでは,総合的な学習の時間に寄せられる特色ある教育をというもう一つの期待には,到底応えられない。

 本書では,一つ目のアプローチに注目する。すなわち,創造型学習へ連なる片々の事例に注目し,子どもの事実から総合的学習へのアプローチを試みる。そのために,学習を通して成長していく子どもたちを至近距離から見つめたショート・レポートを集積した。

 それには,他の事例集にないいくつかの特徴がある。

第一は,もとより,総合的な学習の時間が設置されていない時期の実践である。時間的なやりくりの中で,子どもや教師の願いが十分かなえられなかった場面もしばしば登場する。その意味では,総合的学習の完成モデルとしての役割は,必ずしも果たせないかもしれない。もっとも,総合的学習に完成モデルなどはあり得ないのだが。

第二に,総合的学習を新たなカテゴリーによって整理したことである。一般的には,国際理解,情報,環境,福祉・健康などに分類されることが多いが,これはあくまで教師側の意図を先行させた枠組みである。総合的学習の全体像を描くには,いかにも不都合である。代わって,「創る」「結ぶ」「極める」という子どもの活動の質に注目したカテゴリーを用いる。本巻には,そのうちの「創る」活動としての特徴を持つショート・レポートを集録している。

第三に,総合的学習と生活科の将来的な関係を見通して,1年生から6年生までを視野に入れていることである。この両者は,制度上の若干の違いはあるものの,子どもの学びの質としては同じである。ただし,編集作業としては,学年に関係なく望ましいと思われる事例をランダムに収集した。したがって,各学年の事例が均等に網羅されているわけではない。どの学年で何を学ばせるかというという発想は,とりわけ立ち上げの時期にはあまり必要ないのである。

 最後に,いずれも子どもの学びの質を正面から見つめ,子どもたちの見せる前向きのエネルギーに柔軟に対応するという,総合的学習に最も必要な基本的条件だけはたしかにクリアしていることである。そして,いずれも,システムとしての総合的学習が提唱されるはるか以前から,子どもたちにとって理想的な学びを求め,熱き思いを持ち続けた教師たちによる実践であるという点である。事例の多くが,学級を単位にしているのは,そうした事情による。しかし,学習経験を積んだ子どもたちのエネルギーによって,学級の枠を超えた活動に発展しているケースがいくつもある。それが自然である。

 したがって,一人ひとりの教師が,教室で,総合的な学習の時間へ向けて“初めの一歩”を踏み出すモデルには十分なり得る。

 総合的な学習の時間を制度やシステムの問題として理解することはもちろん重要であるにしても,教室という教育の最前線で何から始めるかははるかに重要である。再びタイムラグに注目すれば,遠くに望ましい完成イメージを描きつつ,確かな初めの一歩を踏み出す。これが,この時期に我々が考える基本的なスタンスなのではないか。

 そうした我々の提案に対して,率直なご意見を頂戴したい。そして,本書が契機となって,総合的な学習の時間により多くの実りをもたらすために,教室にいる子どもたちと教師の積極的なアプローチが始まることを期待する。

 終わりに,本書の出版に向けて,いつもながらお世話をいただいた明治図書・仁井田康義氏に心から感謝申し上げる。なお,同じようにして出版した『かかわりの中で育つ・学級経営シリーズ』(全6巻,明治図書刊)は,私の中では本シリーズの姉妹編という位置づけにある。合わせてお目通しいただければ幸いである。


  平成11年10月   編著者代表 /上杉 賢士

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