子どもウォッチング術5心を育てる教師の言葉かけ 中学年

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心の成長モデルを提案。心を育てる日常の生活指導での言葉かけ・心を育てるイベントでの言葉かけ・心を育てる授業での言葉かけ等のアイデア集。


復刊時予価: 2,430円+税

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電子書籍版: なし

ISBN:
4-18-029714-0
ジャンル:
授業全般
刊行:
対象:
小学校
仕様:
A5判 176頁
状態:
絶版
出荷:
復刊次第
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もくじ

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まえがき――雪がとけるように、芽が吹き出すように
T 心を育てるとはどういうことなのか?
―心の成長モデル―
1 子どもは、四〜五歳で相手の心に気づく
2 他者があるから自分がある。自分があるから他者がある
3 心を育てるとは
4 心の成長モデル
U 自分の中の自分をふくらませる
1 「自分の中の自分をふくらませる」とは、どういうことか
2 「自分の中の自分をふくらませる」ための教師の言葉かけの方向性
V 自分の中の他者をふくらませる
1 「自分の中の他者をふくらませる」とは、どういうことか
2 「自分の中の他者をふくらませる」ための教師の言葉かけの方向性
W 心を育てる日常の生活指導での言葉かけ
1 掃除で心を育てる
・ 掃除さぼり
・ ぞうきんは嘘をつかない
・ 事実で叱り、事実をほめる
2 休み時間の関わり方で心を育てる
・ 週に一回は、先生とみんなで遊ぼう
・ ○○ちゃんボール! △△さんのヒョイ逃げ!
・ 公平になるようにやってよ
3 準備、片づけで心を育てる
・ はいどうぞ、ありがとう運動
・ お願いします運動
・ 帰りの支度、着替えでも
4 挨拶で心を育てる
・ みんなで挨拶、一人でも挨拶
・ 相手に気持ちを届けるために、名前も言おう
5 友だちの呼び方で心を育てる
・ 呼び捨て、変なあだ名はやめよう
・ あだ名自己申告制度
X 心を育てるイベントでの言葉かけ
1 クラスのイベントで心を育てる
・ お誕生会をしよう
・ お別れ会をしよう
2 社会科見学で育てる思いやり
・ お世話になる人への配慮を身につける社会科見学
・ シミュレーションで、質問の内容を高める
・ 質問の仕方スキルで他者思考を
・ メモを取る際にも他者思考を
3 行事・体験学習で心を育てる
・ 頭の中は興奮状態
・ 「成功」を体験する学習に
・ スリッパに気持ちが表れる
Y 心を育てる授業での言葉かけ
1 国語科授業で心を育てる
・ 授業中のほめ言葉は百点のテストと同じ
・ ノート指導でほめる
・ 「百点!」の言葉かけができるシステム
2 社会科授業で心を育てる
・ トラブルの火元
・ エネルギーの方向・本気
・ ポジティブな活躍の場
3 算数科授業で心を育てる
・ 自分の伸びを確かめる
・ 間違えを自分で直す
4 理科授業で心を育てる
・ 理科ディベートは、心を育てる格好の場
・ 相手に敬意を表しつつ批判を
・ クールダウンディベート
・ アフターディベート
・ ディベートで相手との距離が縮まる
5 体育科授業で心を育てる
・ マット運動の例
・ タワーボールの例
6 ボランティアの授業で心を育てる
・ 老人ホームを訪問しよう
・ ゆっくりたっぷり話す
・ 最後の訪問
Z 仲間づくりから学ぶ心の成長
1 気力を出しにくい子ども
・ 小さな目標設定
・ 「こと」より「人」をほめる
2 暴力をふるう子
・ 子どもによりそって
・ 何もなかったことをほめる
・ 学級の力で
・ だめなことはだめ
3 ひとりぼっちになりがちな子
・ ひとりぼっちになってしまう子のタイプ
・ 仲間に入れないタイプ
・ 他の友だちから避けられてしまうタイプ
・ 友だちをつくろうとしないタイプ
4 ルールをやぶりがちな子
・ ルールをやぶる理由
・ セルジオ越後氏に学ぶ「敗者の鍛え方」
・ 北風と太陽
5 反抗的な子
あとがき

まえがき――雪がとけるように、芽が吹き出すように

一 心の成長は、雪がとけるようにゆっくりと

 「○○ちゃん、先生、放送室の外に出ているから、ここの音読、録音しておいてね」

 五年生、緘黙の女の子を担任して、一ヵ月ほどたった頃であった。なんとかして、その子に声を出させたいと思った。しかし、数分たって放送室に入り、テープをまわしてみると、案の定、何も録音されていなかった。

 「まだ、しゃべれないんだね。いいよ、無理しなくて」

 その子は、私の言葉にうなずきもせず、視線を宙にただよわせたままだった。


 私の担任した女の子は、家族とのみ話をするという場面緘黙であった。

 表情は暗い。というより表情がなく、能面のようである。笑うことはない。

 視線がこちらにまっすぐ向かず、おどおどした感じがある。体を使った表現力も乏しく、ダンスも踊ることはない。

 また、友だちとの関わりができず、休み時間もポツンと一人でいる。友だちから誘われると、一緒に遊ぶが、表情は変わらず、能面のままである。

 その子に対するとき、友だちは「○○ちゃん、図書室に行こう」と声をかけ、その子がかすかに動かす首や目の動きを見て判断し、手を引いて、図書室に行くのである。

 緘黙になった子細な理由は、両親もわからない。とにかく、その子は、幼稚園の途中で、声を出すことを自分に禁じたのだ。


 その放送室の一件以来、私は、その子にしゃべることを無理強いすることをやめた。そして、二つの方針を立てた。一つは、その子の自己表現を代わって行うことであり、もう一つは、その子とふざけたり、やんちゃなコミュニケーションをとることである。

 国語の音読。「リレー読み」(「句点読み」)である。

 前の方から、次々と句点ごとにどんどん起立して読んでくる。その子の番。その子は起立して、自分が読むところを、口をぱくぱくさせながら読む。声はない。自分の分を読み終わると着席。次の子は、すぐさま続けて読み続ける。

 算数の計算。

 「では、△君の列、前の人から答えを言っていきましょう」

 この△君の列には、その子がいる。

 「」「」と前の人から答えを言っていき、その子の番。

 その子はその場に立つ。すると、隣の子がその子のノートをのぞきこみ、答えを言う。「」。

 私は、自然にその子に表現させるように、クラスのシステムをつくった。

 また、その子は、習字を習っており、ていねいに筆を運ばせた。

 私は、強引に、

 「習字は、○○ちゃんしかいません。文句なしに、このクラス一番です」

と、宣言し、書写展、書き初め展へのクラス代表としての出品のすべてを、その子に書かせた。

 その子は、たびたび、朝会で校長先生から賞状を受け取る立場となった。


 一方、クラスのカラオケ集会では、他の子や私と一緒に、セーラームーンの歌を歌いながら(?)ふりつきで踊らせたり、学習発表会では、合奏の中で、ピロピロと伸びる笛をふかせたりした。私が仕組んだやんちゃな振る舞いは、友だちや会場の人たちから、その子への笑いを誘った。

 教室では、休み時間、ポツンと座っているその子をさりげなく巻き込み、ゲームをしたり、ふざけ回ったりした。私は、キュっと音の鳴るトンカチでその子の頭をたたき、逃げ回った。

 水泳の自由時間。私は、プールに飛び込み、他の子を持ち上げて投げたりしながら、その子を目で追った。その子を見つけると、その子をつかまえ、「○○ちゃん、飛べ」と言いながら、水に投げ込んだ。


 雪はゆっくりととけていった。

 ほほがゆるみ、微笑む様子が他の先生からも、報告されるようになった。

 六年一学期。修学旅行では、「命令ゲーム」に負けて、にこにこしながら、私の頭をもしゃもしゃにした。

 二学期。体に伸びやかさがもどり、運動会の演技も汗をかきながら踊るようになった。

 三学期。私の知らないうちに、学校で打ち合わせて、友だちの家に遊びに行くようになった。ついには、ごく親しい子となら、小さな声で話すようになった。

 そして、卒業式練習。「よびかけ」のその子のせりふは、仲のよい友だちと二人でいうことにした。

 その頃、私は、しばしばその子と話す夢をみた。友だちと私とたわいないことを話し、笑っている。その子の声は、澄んだ高い声であった。

 ついに卒業式。壇上に立ったその子を呼名すると、その子は口をかすかに動かした。私には、「はい」という声が聞こえたような気がした。

 そして……。

 その子は、私と一言も言葉を交わすことなく、卒業していった。


二 心の成長は、芽が吹き出すように突然に

 卒業して二週間。爽やかな春の風が吹く日の放課後、卒業した女の子たちが、連れだってどやどやと学校に遊びに来た。その輪の中にその子もいた。

 学校の玄関で、中学の様子を話す。担任の先生の話、教科の先生の話。卒業生たちは、せきを切ったように話し、けたたましく笑う。

 話が部活の話になり、何の部活に入るのか、ということになった。

 「私は、ブラスバンドに入るんだ。○○ちゃんは、バレー部だったよね」

と、ある子が、その子に話をふった。

 「そのつもり」

と、その子ははにかみながら、かぼそい、しかし、はっきりした声で答えた。

 私は、思わず耳を疑った。○○ちゃんが話している!

 しかし、「しゃべる」ということに話題をふってはいけないと思った。あくまで、自然に、自然にと自制した。私は、その子が話す声をもう一度聞いて、確かめたかった。

 「なに、バレーって、まさか踊るんじゃないよね」

と、私は、手を広げ、くるりとその場で一回転しておどけてみせた。

 「そうじゃないよね。レシーブとかアタックとかのバレーだよね」

 その子は、笑いながら、

 「そう」

と答えた。

 確かにしゃべっている。○○ちゃんがしゃべっている!

 卒業生たちの話題は、他にうつり、しばらくして、帰ることになった。

 「また、小学校に遊びにおいで。ねっ、待ってるよ」

 私は玄関で手を振った。

 卒業生たちは「さようなら」と声を返した。その子の言った「さようなら」は、いつか夢で聞いたように、澄んだ高い声であった。

 卒業生たちが見えなくなると、私は職員室にとってかえし、校長先生に報告した。

 「校長先生。○○さんが、今、私と話しました」

 あとの言葉は、あふれてきた涙でつまって続けることはできなかった。


三 望ましい姿を思い描き、メッセージを送り続ける

 人の心は、そんなにすぐ変わらない。人の心は、コンピュータープログラムを変えるようにはいかないのだ。

 人の心は、雪がとけるようにゆっくりと変わっていく。そして、雪がすっかりとけると、まるで芽が吹き出すように突然、成長した姿を見せる。

 私たち教師にできることは、望ましい姿を思い描き、それに向かって、雪がとけるよう、表面をなでたり、息を吹きかけたりすることだろう。

 「あなたはOKなんだよ。先生もみんなも応援しているよ」というメッセージを、様々な方法で送り続ける以外に、雪をとかす道はない。


 本書は、子どもの心に積もっている雪をとかすようなメッセージを、「教師の言葉かけ」という形でまとめてみた。

 「心を育てる」、そんな大それたことを私たちが書けるのか、という思いもあったが、「さらさら雪にはこんなとかし方がありますよ」「ザラメ雪にはこんなとかし方がありますよ」というような事例を示すことなら可能だ、と考え、本書の執筆をとり行った。

 本書が、心を雪でガチガチに固めた子どもたちと接する先生方の参考になれば、幸いである。


   /渡辺 喜男

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