- まえがき
- T 今、なぜ「感性・心の教育」なのか
- ―「感性・心の教育」の課題― /高橋 史朗
- 1.時代的要請としての「感性・心の教育」
- 2.子どもの現状の問題点とその背景
- 3.規範意識崩壊の底流にあるもの
- 4.父性と母性、厳しさと優しさを使い分けよ
- 5.ケアリング・ヒーリング・ティーチングを統合する「感性・心の教育」
- U 私的感性教育論
- /小田 全宏
- 1.人間の心をどのようにして蘇らせるのか
- 2.私は一体何者か
- 3.二つの教育観
- 4.人間学の達人・松下幸之助翁との出会い
- 5.体験がもたらすもの
- 6.教育現場探訪
- 7.人間教育のスタート
- 8.女子大の講師になる
- 9.黎明塾を始める
- 10.明星大学・高橋史朗先生との出会い
- 11.感性教育とは何か
- V 感性への指向とEQ五つの生きる力
- /田中 雄
- 1.柔らかな感性というもの〜タゴールの夢に想う〜
- 2.真実を見ぬく感性というもの〜『夕鶴』に見る「つう」の感性〜
- 3.「魔法の鏡」の教えるほんとうの生き方〜『白雪姫』物語の「離見の見」〜
- 4.踏み留まって問うほんとうの生き方〜『高瀬舟』嘉助の生き方と、画家・林武の出会ったもの〜
- 5.いのちの「聖域」の出会いに生きる〜志村ふくみ『一色一生』が開いた扉〜
- 6.見えないほんとうの生き方を求め続ける〜『星の王子さま』の見た砂漠の井戸〜
- 7.かくれている生命の力を掘りあてて生きる〜ろう唖の障害を切り開いた女子中学生の生き方〜
- 8.IQからEQへの「生きる力」のきりかえ
- 9.EQ教育のキーワード「五つの生きる力」
- 10.時計工場のユーラ少年の生き方とその感性
- 11.EQは自分をより高く押し上げる〜『泣いた赤鬼』童話のEQと『土掘れ』〜
- W 感性を育むカウンセリングの過程
- ―夢の解釈と箱庭表現― /相馬 誠一
- 1.感性を育むカウンセリング
- 2.クライエント・太郎君の概要
- 3.治療経過
- 4.太郎君の夢
- 5.太郎君の箱庭表現
- 6.考察
- 7.感性と夢と箱庭
まえがき
中村雄二郎が『魔女ランダ考』(岩波書店)において指摘しているように、「科学の知」は、事物を対象化し操作する方向で因果律に即して成り立っており、その際に見るものと見られるものとは分裂し、そこに冷やかな対立がもたらされる。普遍性と精密さを備えた「近代の知」は、人間の知や学問がある方向に純粋に自己目的化して発達していったものであり、そこからは人間的生の感性的なものは排除された。しかし、その排除の結果、知や学問は人間的生との結びつきを失うだけでなく、貧血化して自己革新力と創造性を失い、重層的な現実に十分対応できなくなり、現実とのギャップを深めることになった。
では、「近代の知」から排除された感性的なものをいかに回復すればよいのか。中村はいう。「その回復は、ただ容易に非合理的なものの意味をみとめるというようなかたちをとってはならず、はっきり新しい知を目指して方法的に行われなければならない。新しい知とは新しいロゴスであり、新しい統合原理である」この「新しい知」「新しい統合原理」が中村のいう「臨床の知」「パトスの知」「演劇的知」にほかならない。「パトス」とは、パッションつまり情念だけではなく、受動、受苦、痛み、病など、人間の弱さにかかわるものを指し、能動の知、アクションの知である近代科学の知とは正反対のものといえる。
中村のいう「臨床の知」「パトスの知」は感性やケアの本質と深くかかわっており、筆者が樹立を目指している「ホリスティック臨床教育学」の基盤となるものである。今日の教育界の閉塞状況を打ち破るためには、しっかりした理論に裏打ちされた「感性・心の教育」の実践化を推し進める必要がある。その理論的支柱はホリスティックな感性教育学と臨床教育学であるが、イェール大学の心理学教授ピーター・サロヴェイ博士、ニューハンプシャー大学の心理学教授ジョン・メイヤー博士、デイビッド・カルーゾ博士らが学術的に研究したEQ理論(EQとは、Emotional Intelligence Quotient〔心の知性指数〕を意味する)や、WHO(世界保健機関)が一九九四年に作成したライフスキルを基礎に置く心の健康教育プログラムも検討に値する内容を含んでいると思われる。
すでに先進的な企業の多くでは人材評価の指標として、採用活動において応募者の学歴よりも人間的な総合的な能力を重視する「EQ診断」を導入している。教育においても、外的情報の知識を伝達しIQを高めることに偏ってきた明治以来の学校教育のあり方を根本的に転換し、「生きる力」すなわち、総合的に人間力を育てることが何よりも求められている。中教審答申によれば、「生きる力」の核となる豊かな人間性とは、@美しいものや自然に感動する心などの柔らかな感性、A正義感や公正さを重んじる心、B生命を大切にし、人権を尊重する心などの基本的な倫理観、C他人を思いやる心や社会貢献の精神、D自立心、自己抑制力、責任感、E他者との共生や異質なものへの寛容、などの感性や心である。
このような感性・心をどのような学習環境のもとで、具体的にいかなるカリキュラム内容と教育方法、教育評価によって育てていくのか、という教育実践の具体化こそが今後の日本の教育の大きな課題といえる。WHOは、@自己洞察と共感性、Aコミュニケーションと対人関係、B意志決定と問題解決、C創造的思考と批判的思考、D情動対処とストレス対処、などのライフスキルに注目し、心理・社会的能力を高めることの重要さを強調している。
WHOはライフスキルの学校教育のカリキュラムのガイドライン作りに取り組んでいるが、わが国独自の文化的・社会的背景に十分配慮しつつ、総合的学習に積極的に取り入れるべき包括的な教育内容が含まれており、相手の気持ちを察しつつ、明確に自己主張できる「新しい日本人の自己実現」が求められている二十一世紀の教育を具体的に推進していく指針になると思われる。(詳しくは、新雑誌『感性・心の教育』第三号所収の皆川興栄論文参照)
/高橋 史朗
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- 明治図書