- はじめに―この本の誕生まで
- 1章 ハンガリー国内のこれまでの状況と国際的な情勢
- 2章 心理学と教育学の基礎事項
- 1 子どもの特性について
- 2 子どもの成長・発達について
- 3 子どもの活動形態について
- 4 子どもの経験獲得の過程について
- 5 子どもと保育士の関係について
- 6 教育者の仕事の成果について
- 3章 保育園での比較
- 1 心理学的,論理的,数学的背景
- 2 比較は,どんな実践的活動の中に現れるか?
- @分類
- A順番に並べる
- B言葉での比較
- C量的特徴でないものによる順序付け
- 3 保育園での比較 まとめ
- 4章 数の概念の基礎づくり
- 1 1からは2が出る(お前のいうとおり,明々白々)
- 2 集合を比べる
- 3 数量を比べる
- 4 まとめ
- 5章 図形の経験獲得の道のり
- 1 幾何学の歴史的経緯
- 2 幾何学的認識の心理学的基礎
- 3 各国専門家による図形認識の段階
- (1)シキツメ・メソッドの概略
- (2)構造あそび・造形作品
- (3)シンメトリーの発見
- (4)空間や平面における見当識
- (5)子どもの空間認識能力をどのように助けるか?
- 4 まとめ
- 参考文献
- おわりに
はじめに―この本の誕生まで
手と頭と心を込めて書かれた私たちの本を,保育士を目指す学生の方々と保育士の方々にお届けいたします。保育園での数学教育のためにすこしでも役立つことを心から願います。
本書の「手」でつかめるという表現は,実践に近づくということを意味します。「頭」の役割は正しい理論的根拠があるということであり,「心」は伝える人の人格を象徴しています。
保育園での数学教育で「手でつかめる」とは,子どもが行為を通して経験すること,感覚運動的受容の重要性を意味します。「頭」は幼児期の子どもにおける知的作業,年齢に応じた,具体的操作的知能を象徴します。「心」は数学教育において,個人的経験の重要性,情緒的・意欲のモチベーションと,美しさ,調和を象徴するものです。
この三つのシンボルから,多くの人は18世紀の有名な教育者ペスタロッチ1を思い浮かべるかもしれません。ですが私にとって,この考え方の源はそれより前の時代にあります。それは古代の世界を呼び起こすのです。まだ学問がいくつにも分かれていなかった時代,すべては一緒に存在し,お互いに織りなし合いながら波打って流れていった時代―その美しさと特異さは,一緒にあってこそ,相互性があってこそ,保たれていたのです。人はその持ち前の好奇心,すべてを知りたいという欲求で,世界を「解剖」していき,最後には細部の中に迷い込んでしまったかのようです。価値ある独立した学問も生まれましたが,全体をつなぐものは失われ始めました。さらなる発展のために統合の過程が必要とされました。これはすべて学問的認識の論理です。しかし,ここまでの道のりを幼児期の子どもが通らなければならないのでしょうか?
子どもが成長する中で,しばしば過去の歴史が再現されます。幼児期の心理的特徴について言うならば,まだ「古代のころを生きている」と言えます。細部に注意することなく,その認識は区切りを付けることがなく,混沌としており,科学的認識の論理とはそぐわないものです。細部は子どもを助けるものではなく,外界を知る上でむしろ妨げとなります。ですから細かく教科に分けるのではなく,課業の領域を分けるのではなく,保育園の中では一つのまとまりを保ちましょう。このまとまりの中で,数学的要素が所々に花開くようになれば,よくある教育的枠組みの間にあるよりも,美しく,整って,より子どもの中に残るものになるのではないでしょうか。
私の考え方に賛同し,よきパートナーとなってくれたのが,ザラ県セントペーテルールの保育士ホルヴァートネー・シグリゲティ・アデールでした。そこでの保育研究会に私たちを誘い,叙情的要素とドラマ的要素で織りなされた報告と話し合いによって,その経験を共有させてくれました。
その業績の真価は,測定値による方法あるいは学術的体裁をもった著述によってもたらされるものではなく,その人となりにあり,率直な開かれた心で保育園での日常にあるすばらしさを私たちに教えてくれるところにあります。
残念ながら,なんでもできる魔法はありません。ですが,多種の具体的な実現の中に生かすことができる考え方はあります。本書から「手に取ってみることができないもの」,その精神が,皆さんに伝わることを願っています。そうすれば数学の活動の深い森の中で道に迷わずに,その本質を忘れずにいられるでしょう。
本書は純粋な知的論理を保育士の温かい心で包んだものです。保育士を目指す学生のための教科書という目的もあるのですが,だれにも強要するつもりはありません。というのも受け入れる側にも,手と頭と心の調和した協働が必要だからです。感じること,実感すること,直観が,段階を踏んで行われる解剖のような分析よりも大切なことがしばしばあるのです。
ひとりとして同じ子どもはいないし,ひとりとして同じ保育士もいません。だれもが自分の道を進まなければなりませんが,確実な歩みのために多くのところから助けを請うことができますし,助けを得ることができます。本書もその一つとなることを願っています。
/ジャーンボキ・カーロイネー
1 Pestalozzi, Johann Heinrich(1746-1827)
-
- 明治図書