- まえがき―これからの指導のあり方と課題について―
- T 説明責任から結果責任の教育へ
- ―評価にこだわることの大切さ―
- 1 教育はプロセスではなく,結果で勝負するもの
- 2 教育改革の流れの根底にある考え方
- ―ナショナル・ミニマムとしての学習指導要領の位置づけから―
- U 評価にこだわる指導のあり方
- 1 「指導の成果は上がっているのか」について
- ―評価規準は指導者にとっての到達水準,要求水準を表したもの―
- 2 「その成果で十分なのか」について
- ―1時間だけではなく,単元,教科,教育課程全体の見通しのもとに―
- 3 「成果を取り上げて返したか」について
- ―ほめること,励ますことは評価の手段にとどまらず,指導の手だてであり,学級づくりの基盤でもある―
- V 授業づくりと学級づくりを中心にした実践研究の進め方
- 1 実践研究とその手順
- 2 学校の実践研究,共同研究の弱さ
- ―成果の評価にもとづく方策の共有化を―
- 3 「教育課程」は学校教育の最大の特長であり,実践研究はその全体を対象としなければならない
- ―教育課程(カリキュラム)の構造と修正,改善の手だて―
- 4 教師に求められるコンピテンシーとしての実践研究力
- ―実践研究及び自己評価による教師自身の課題の確かめのために―
- W 意欲・態度,活用力,知識・技能の観点からの授業づくり
- ―習得・活用・探究による単元展開を―
- 1 教育課程の成果を統合して実現をめざす大きなねがいとしての目標設定力
- 2 授業づくりの基盤としての教材研究力
- 3 単元を単位とした指導の見通しを立てる授業設計力
- 4 臨機応変に授業を創造する授業展開力
- ―単元全体の見通しのもとに1時間,1時間を―
- 5 評価による指導の振り返りと授業改善力
- X 潜在的カリキュラムとしての学級づくり・学校づくり
- Y 補足資料・用語解説
- 1 目標分析
- 2 達成目標・向上目標・体験目標
- 3 評価基準と評価規準
- 4 マスタリー・ラーニング(完全習得学習)
- 5 知識・理解の評価
- 6 技能・表現の評価
- あとがき
まえがき
これからの指導のあり方と課題について
説明責任にとどまらず結果責任を果たすこと
学習指導要領は,どの子も「ここまでは」といったナショナル・ミニマムとしての到達基準を示すものであり,それを保障するのが公教育に携わる者の使命である。したがって評価は通知表や指導要録に成績を記載するためだけにあるのではなく,第一には指導に責任をもつために機能させなければならない。このような,説明責任にとどまらず,結果責任を果たすために指導と一体化して評価を機能させることが「指導と評価の一体化」であり,学習指導要領改訂の作業のなかでも強調,確認されてきた事柄である。
指導の成果を確かめるために評価を機能させなければならないのであるから,目標をできるだけ到達目標化しておくのが望ましい。しかしながらそのためには,関心・意欲・態度といった情意領域の目標や,思考力,判断力,表現力等のように一人一人の以前と比べての向上や成長をめざす高次の認知領域の目標等の向上目標(方向目標)に属する目標を,どのように到達目標化するかという課題の解決が求められる。
これについては,目標の精選化と幅をもたせての到達目標化等の解決策が考えられる。そもそもカテゴリーの異なる向上目標を到達目標化することが理論的に困難であることは承知の上である。しかしながら実践的にはこのあたりまで子どもたちの力を伸ばしたい,このような意欲を高めたいと幅をもたせた上であっても到達目標化してとらえているからこそ,授業設計が可能なのではないだろうか。これは一人一人の指導における目標の設定においても同様のことがいえる。
要は,「ここまで」だけでなく,「このあたりまで」といった目標設定も含めて実際の授業設計が行われ,それをめざしての授業実践の成果を評価によって確かめているのであり,そのような豊かで幅のある評価の指針が評価規準という用語に求められるところであると考える。
教師に求められるコンピテンシー(実践的能力)は,授業づくり,学級づくりを対象にしての実践を通し,実践の成果を上げながら,子どもだけでなく教師自身の成長,向上も図っていく実践研究力を中心に据えてのものでなければならないが,そのような実践研究のなかで向上目標も含めての教育目標の到達目標化についての試行や工夫,議論が重ねられ,具体的な指導指針と同時に,成果の確かめのための評価指針としても使いやすい形で開発,改善されていくことが期待されるところである。
意欲・態度,活用力,知識・技能の新しい観点と習得,活用,探究型の必要性
これまでの教科における評価の観点は,関心・意欲・態度,思考力・判断力,表現・処理(技能),知識・理解の4観点を基本に構成されており,このバランスのとれた学力を「確かな学力」とし,徳の「豊かな心」,体の「健やかな身体」と相まって「生きる力」の知の部分を担う重要な要素と位置づけられている。
ただ,この4観点に対しては教育実践上,評価の負担を感じるという意見や,知識・理解と表現・処理(技能)を分けることの有効性についての疑問,さらに思考力・判断力等の能力を育てるにあたって内容に即して具体的につける力を洗い出すことが容易でない等の指摘も少なからずあった。
加えて,教育課程編成上,現代におけるリテラシーとしてその必要性が強調されているPISA型学力と,そこで強調された基礎的な知識・技能の習得とその活用力を,どのように効果的に実現するかという課題があり,この課題に対する解決が今回の教育課程改訂の主要なねらいの一つでもある。
以上のような課題に対する具体的な解決策が,一つは習得,活用,探究型の学習活動の導入であり,もう一つが意欲・態度,活用力,知識・技能の3観点にもとづく授業づくりである。3観点とは
・「学習に取り組む意欲・態度」
・「基礎的な知識・技能の習得」
・「知識・技能の活用力(思考力・判断力・表現力など)」
であり,教育実践上,「基礎的な知識・技能の習得」の観点は,これまでの「表現・処理(技能)」「知識・理解」を統合したものである。「かけ算の仕方がわかる,覚えている」という「知識・理解」と,「かけ算ができる」という「表現・処理(技能)」を分けること自体が現実にそぐわないものであり,わかっているができないという状態のままでいいのか,という指導の結果責任からもこれらの観点の統合が求められる。
これまでの「思考力・判断力」といった観点は「知識・理解」「表現・処理(技能)」とは異なり,親学問を背景にした上でないととらえきれないものである。例えば算数科の場合なら,数学的な見方・考え方を背景に単元の学習内容に即してこの単元で育てる「思考・判断」を洗い出すことになるが,この数学的な見方・考え方のとらえ方が諸説ある上に,授業設計時に適切なとらえ方を把握するのも容易なことではない。つまり教科の親学問に精通し,それを教科というフィルターを通して教育に適切な「思考・判断」のとらえ方を導き出し,それを背景にして単元の学習内容に即して「思考・判断」の観点から目標を洗い出すことになるのである。しかもそこで導き出された目標が,具体的で効果的な指導の指針になり得ない場合も少なくない。そこでこの「思考・判断」の観点を「活用力」という観点に変更し,既有の知識や技能をどのように活用して問題を解決するか,といった観点から目標を洗い出し,指導と評価をより効果的なものにするための設定でもある。この活用においては当然,教科のものの見方や考え方,さらには表現力といったこれまでの「思考・判断」が含まれることになる。このような「基礎的な知識・技能の習得」と「知識・技能の活用力(思考力・判断力・表現力など)」の観点の設定は,習得,活用,探究の学習活動の効果的な実現にとって本質的に重要な意味をもつものである。その理由は,例えば「3桁×2桁の筆算ができる」といった技能が身についていても,それが「2桁をかけているのだから,実は2桁目の数字は十の位であり,そのために位を1つ左にずらしてかけ算を続けていけばよい」といった計算のアルゴリズムを支える計算原理の知識・理解と結びついていなければ,つまずきやすいだけでなく,かける3桁,4桁といったかけ算の筆算の仕方を考え出すことは難しく,つまり活用力が育たないことになる。連立方程式においても,代入法や加減法を用いて進めていくのは結局未知数を少なくしていくことであるという、技能と知識・理解が結びついていれば未知数が3つ,4つになっても解決が可能であり,このように知識・技能を原理的に活用して複雑で新たな場面にも対応する力こそが活用力なのである。このように知識と技能が結びついているからこそ活用力になり,活用することによって知識と技能がより確実なものになるのである。
義務教育のめざす学力について―学校教育法,学習指導要領総則より―
以上の新しい3観点の裏づけとなる法的な根拠,文言については,改正された学校教育法第30条第2項に求められる。そこには小学校における教育について「生涯にわたり学習する基盤が培われるよう,基礎的な知識及び技能を習得させるとともに,これらを活用して課題を解決するために必要な思考力,判断力,表現力その他の能力をはぐくみ,主体的に学習に取り組む態度を養うこと」と示されており,中学校においてもこれを準用することが第48条,第49条に示されている。この文言は,新学習指導要領の第1章総則にも示されており,教育基本法の第1条に示された「人格の完成と平和で民主的な国家及び社会の形成者を育てる」という教育の目的から始まる基本法の精神とともに,教育に携わる者が決して忘れてはならない教育課程を統合して実現をめざす目標である。
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- 明治図書