- 特集 「荒れ」をきっかけに―平和に生きるためのルールづくり
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今月のメッセージ
子どもとともに、子どもの〈声〉から始める教育実践の物語を
和歌山大学教育学部 船越 勝
いま、再び三度、子どもの「荒れ」の広がりが指摘されている。近年、大都市部を中心に、教員の大量採用の状況があり、私の教え子も各地で教壇に立っているが、その彼ら/彼女らから、子どもたちの変容ぶりにとまどいの声が寄せられることも少なくない。そんな全国の若手教員、さらには、子どもとの関係性に悩んでいる先生方に、私たちはどんなメッセージを送ればいいのか。
それは、第一に、子どもと共感的なスタンスで向き合い、子どもからの〈声〉を聴くことを大切にするということである。いま、子どもたちは、格差社会のなかで、過度な受験競争に参加させられ、多くのストレスを抱えさせられたり、物理的にも心理的にも貧困な生活のなかで、生きる希望と勇気を見失わされたりする状況のなかにいる。つまり、こうした生活の重荷を背負わされ、生きづらさを抱えているというのが、いまを生きる子どもの生活現実なのである。だからこそ、こうした子どもたちの「誰か私のしんどさをわかって!」という本当の〈声〉をまず共感的に聴きとることから、私たち子どもの側に立つ教師は、その教育実践を出発させるのである。
しかし、子どもたちの〈声〉を聴きとるといっても、彼ら/彼女らはなかなかその本音を語ってくれない。いや、むしろ語る言葉を持てないことが苦しさの根源なのかもしれない。だから、場合によっては、その身体的ないらだちや不安感から、その思いとは逆に、私たち教師に反抗したり、仲間に暴力を振るったりすることもある。そんな時、私たちは子どもに裏切られたという思いに苛まれ、教師としての自信と実践の見通しを失ってしまうのである。だからこそ、第二に、この困難な時代を生きる苦悩を抱えながらも、なぜ私たち教師や仲間を信じる立場に立てないのかを、子どもたちの応答と親や前担任などの関係者からの聞き取りを基礎に据えながら、彼ら/彼女らの生活現実(家族の生きてきた歴史や学校での生活・友人関係など)の分析をリアルに進めることが重要になってくる。
第三に、こうした生きづらさを抱えている子どもたちを、教室で孤立させるのではなく、教師がまず彼ら/彼女らを受け止めることによって、教室をホッとできる安心空間にしていく。そして、同質の困難さを抱えている者同士をつなげていったり、そうした仲間たちを「何とかしたい」と自発的に考えて、共感的に行動できるリーダーを育てたりしながら、こうしたメンバーによるセルフヘルプ・グループ(自助グループ)を生み出していくのである。このような「居場所」のなかでこそ、喪失させられた他者と自己に対する信頼と関係性のスキルを奪還していくことができるのだ。
第四は、このセルフヘルプ・グループのなかで紡ぎ出された安心感と信頼関係に支えられて、彼ら/彼女らが教室のなかでようやく語り出した生きづらさを共有(シェアー)しながら、つながり合う子ども集団の共同と自治を創り出すことである。子ども集団は、確かにこのような生きづらさを抱えた仲間をマイノリティとして抑圧したり、排除したりする権力性や暴力性を持つ側面があるが、同時に、彼らをケアしたり、癒したりする自治的集団として発展する可能性を持つ。他者との関係で傷ついた子どもは、他者との関係のなかでこそ生みかえられたり、生き直したりすることができるのだ。そうした子ども集団の共同と自治を、いまこそ自信と見通しを持って育てていこうではないか。
つまり、いま求められているのは、子どもとその生活現実のなかに微かに見える可能性を探り出し、そこに依拠するリアリズムの生活指導の実践であり、そのために、子どもとともに、子どもの〈声〉から始めるのだ。そして、そこからのみ教師と子どもによる教室の物語は始まる。
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- 明治図書