- はじめに
- 1時間目 開講のことば
- 〜本講座のめざすもの〜
- 一 学習指導過程における「話すこと・聞くこと」
- T・a 動機づけ/ T・b 目あての確認/ T・c 活動手順の説明/ U・a 個別的アドバイス/ U・b クラスへ全体へのフィードバック/ U・c 発表の評価/ V・a クラス・トークの司会/ V・b まとめ
- 二 生徒指導場面における「話すこと・聞くこと」
- 三 教師に求められる「話す・聞く」力とは
- 2時間目 聞きやすい声を出したい
- 一 聞きやすい声とは
- 1 大きさ/ 2 響き/ 3 高さ/ 4 声質
- 二 腹式呼吸をマスターする
- 1 呼吸と発声の密接な関係/ 2 腹式呼吸を三段階で練習しよう
- 三 共鳴をマスターする
- 四 総合練習
- 3時間目 歯切れ良く話したい
- 一 教師と発音
- 二 発音の明瞭度は母音が決め手
- 三 母音の発音のポイント
- 四 母音の練習
- 1 口の体操/ 2 子音抜き練習
- 授業づくりのポイント@ 「発声・発音」
- 4時間目 めりはりのある話し方を身につけたい
- 一 めりはりのある話し方とは
- 1 高低/ 2 緩急/ 3 間/ 4 強弱/ 5 語尾を止める
- 授業づくりのポイントA 「豊かな音声表現力をめざして」
- 5時間目 聞き上手になりたい
- 一 教師にとっての「きくこと」
- 二 聞く力を高める
- 1 聞くことの意義/ 2 どう聞くか
- 三 聴く力を高める
- 1 聴くことの意義/ 2 どう聴くか
- 四 訊く力を高める
- 1 訊くことの意義/ 2 どう訊くか
- 授業づくりのポイントB 「きく力を育てる」
- 6時間目 わかりやすく話したい
- 一 わかりやすく話すとは
- 二 教師にとってのわかりやすく話す力
- 三 わかりやすく話すポイント
- 1 内容をわかりやすくするには/ 2 聞く順序で理解できるように
- 授業づくりのポイントC 「説明・報告」
- 7時間目 心に届く話し方をしたい
- 〜スピーチをとおして〜
- 一 スピーチとは
- 二 教師とスピーチ能力
- 三 何を話したらよいか
- 1 話題と主題/ 2 身近な話題から価値ある主題を引き出す
- 四 どう話したらよいか
- 1 主題からそれない/ 2 すぐ本題に入る/ 3 説明から描写へ
- 授業づくりのポイントD 「スピーチ」
- 8時間目 対話上手になりたい
- 一 対話とは
- 二 教師と対話能力
- 三 対話能力とはなにか
- 四 どのようにして対話能力を身につけるか
- 1 隣り合わせの対話/ 2 向かい合わせの対話
- 授業づくりのポイントE 「対話・話し合い」
- あとがき
はじめに
「美しい声」より「聞きやすい声」を、「上手な話し方」から「わかりやすい話し方」へ
NHKのアナウンサーだった頃、「話しことば講座」という番組を作っていたことがあります。そのとき、出演をお願いしたコミュニケーション論が専門のある大学の先生からこんなことを言われました。「アナウンサーほど話し方の講師として不適任な者はいない」。理由は、アナウンサーのような声や話し方は、特別な資質に恵まれた人が厳しいトレーニングによってはじめて身につけることができるものであって、その特殊な経験から一般の人が得るところは少ないというのです。皆さんはどう思われますか。私は、三〇年間のアナウンサー生活やボイストレーナーとしてたくさんの方の声やことばに接してきた経験から考えると、この先生の言い分は半分当たっていると思います。というのは、もし、目標を、世に言う「美しい声」、「上手な話し方」に置くなら、これらは、もって生まれた生理学的条件や才能に左右される部分が大きく、練習の割に効果がそれほど望めないのは事実だからです。
本書がめざすのは、そうした「美しい声」でも「上手な話し方」でもありません。「聞きやすい声」であり、「届く声」です。「わかりやすい話し方」であり、「伝わる話し方」です。似ているようで両者の間には大きな違いがあります。前者が話し手の立場に立っているのに対し、後者は、あくまでも「聞く人にとってどうか」という観点から声や話し方をとらえます。美しさや巧さを追求すると、つい、聞き手の存在を忘れ、独りよがりになりがちです。自分の声や話し方に悦に入っている人ほど嫌みなものはありません。言うまでもなく、コミュニケーションは話し手と聞き手の共同作業です。したがって、話し手として心を砕くべきなのは、どうしたら相手にとって聞きやすいか、理解しやすいかということです。あえて、美しいとか上手なといった形容詞の代わりに「届く」とか「伝わる」ということばを使うのはそのためです。このレベルの能力は、努力次第で誰もが身につけることができるのです。
声でいえば、世に悪声などありません。聞きにくい声と聞きやすい声、頭の上を素通りしてしまう声としっかり届く声があるだけです。そして、鼻声は鼻声なりに、ガラガラ声はガラガラ声なりに、正しい発声法を身につけることによって届く声が出せるようになります。話し方でいえば、とかく「立板に水」に憧れがちですが、そう簡単に身につくものではありません。また、教育的話法としてそれが良いとも言えません。でも、やさしく筋道立てて話すことならトレーニング次第で誰でもできます。つっかえたり、とちったりしながらも、全体として論理立っていれば、むしろよどみなくしゃべるよりずっと伝わるものです。実は、これらのこと、つまり、「声を響かせるな、声を届けろ」、「上手に話そうと思うな、伝わるように話せ」ということは、アナウンサーの新人教育にあたってもずっと言い続けてきたことです。美声必ずしも届かず、能弁すなわち伝わるものではないのです。
まず隗(かい)より始めよ
教師と話しことばの勉強について、大村はま氏は「教師はみな、話を上手にすべきで、それはもう教科を問わない」と次のようにのべています。
文学作品やいろいろな読み物を扱うために、すぐれた指導法を工夫する―そういうことと並んで、何分間かでわかりやすく明快に楽しく、しかしきちっと聞ける話をすることにたいする勉強がいるのだと思います。それがないために、いろいろ研究がしてありましても、子どもを動かすことができないということになるようです。もっともっと話しことばに対して真剣でありたい、話しことばが本物にならなければ、ほんとうの意味で授業を生かすということはむずかしい、また人の心を開くこともむずかしいからです。(大村はま『教室をいきいきと 1』より。傍点、村松)
言うまでもなく、教師が授業で発することばは教え方や指導技術とわかちがたく結びついています。そして、発問ということ一つを考えても、教育話法は、長い教育実践の中で専門的に精錬されたものであることがわかります。いわゆる話が上手だからといって務まるものではありません。ただ、と私は僭越ながら思うのです。専門的な教育話法の基盤に「本物の話しことば」が無ければ、つまり、本物の問う力、聴く力、話す力が無ければ、それはいつしかパタン化し、マニュアル化し、形骸化してしまうのではないでしょうか。子どもや時代の変化は、伝統的な教育話法をさらに豊かに柔軟に多様に発展させることを求めています。そのためにも、根っこにあたる基礎的な話しことばの力を太らせ、そこから不断に栄養を提供し続けるようにしないとならないと考えます。
もう一つ、学校の先生方を対象にこのような本を書きたいと思い立ったのは、「話すこと・聞くこと」重視の流れがあります。NHK時代に携わった教師のためのことばセミナーで、全国の先生方から、「子どもに指導する前に、教師自身が話しことばを鍛えるのが先決」という声をたくさん聞きました。そして、セミナーでお話しした発声や話し方のトレーニング法が現場で強く求められていることを知りました。先生方は言います。「習っていないものは教えられない」と。確かに、今の小中学校の国語教科書を開きますと、インタビューやプレゼンテーション、ディベート、パネルディスカッションといった横文字が並び、昔の教科書とはすっかり様変わりしています。いくら、「話すこと・聞くこと」の指導が大切だとわかっていても、学んだ体験もなく、大学の教員養成課程でも指導法を教わらなかったことを子どもに教えることはできない。確かにその通りだと思います。その意味でこの小著が、「隗(かい)より始めよ」を自覚された先生方に少しでも役立ち、それが巡って子どもたちに還元されるなら、「国語科でスピーチコミュニケーション(話しことばによるコミュニケーション)能力の育成を」と主張してきた身としてこんなにうれしいことはありません。ですから、本書では、直接は、先生方の話しことばのパワーアップをめざしながらも、最後には、そのことが子どもたちの「話すこと・聞くこと」の学習指導にどう生かせるかということを念頭に置きました。ところどころに、「授業づくりのポイント」を設けたのはそのためです。
インターネットとの連携
ここで、この種の本につきまとう致命的な困難について触れておきたいと思います。音声を文字で語る難しさです。腹式呼吸法にしても実演を見てもらえれば「ああそういうことか」と簡単に理解できるのですが、動きのない図や写真では隔靴掻痒の感をぬぐえません。そこで、新しい試みとして、私の主宰するスピーチコミュニケーション教育研究所のホームページ(http://www.ne.jp/asahi/speech/communication/)に音声や動画ファイルを置き、随時参照していただけるようにしました。これもどこまで皆様の要望に応えられたか不安ですが、ご意見やご感想をうかがいながら、より良い形に改善していこうと思います。
子どもに分かりやすく話せ、子どもの言いたい事を聞き出せ、対話(内容)に関心を引き寄せる、それは、大人の対人にも共通する事だと思います。
一項目ずつが簡潔にまとまっているので、肩肘張らず読めました。