- 刊行のことば
- まえがき
- T 音楽科の基底
- U 音楽科の歴史
- V 音楽科教育の研究
- W 音楽家の目標
- X 音楽家の内容
- Y 音楽科の教育方法
- Z 音楽家の基礎知識
- [ 音楽科の周辺
- \ 音楽療法・障害児教育における音楽
- ] 用事と音楽
- XI 音楽科の今日的課題
まえがき
今日の音楽科教育は多くの面でかつてない大きな困難に直面している.この困難さは,いじめ・不登校・校内暴力・少年による凶悪犯罪にみられる学習者の側面,ストレスの増大や学習者・教員同士の人間関係の欠如にみられる教師の側面,オフ・タスクの多発による授業の不成立にみられる学習者と教師との相互関係の側面に顕著であるが,その根源は,学校教育制度の内部だけでなく,家庭環境や社会環境全体における教育力の衰退にあると考えられる.さらに,教科の枠組みの再編や授業時間数の減少も大きな影を落としている.こうしたことは学校教育全体における現象ではあるが,音楽科教育においては,それらの現象の及ぼす影響力にはひときわ顕著なものがあると言える.
このような厳しい現状は,しかし同時に大きな可能性をも意味していると考えられる.例えば,学校教育全体に与えられた自由度は,わが国における学校教育史上かつてないものである.具体的には,高等学校における総合学科の新設,選択時間の増加,総合的な学習の活性化などは,その具体例である.音楽科がその長所を十全に発揮することができれば,音楽が本来的に有する力によって,学習者一人ひとりの創造性と表現性を高め,学習者相互及び学習者と教師との信頼と連帯を深め,学校文化をさらに発展させることが可能となり,それによって学校教育における音楽科の役割をさらに重要なものとすることが可能である,と考えられる.これらのことは,前述した学校教育における「自由度」を活用することによって可能となり,音楽科が加わることによってそれらの活動はさらに活性化し,学校教育における音楽科の地位をさらに高めることになるであろう.ここに,大きな可能性を感じることができよう.
しかし,こうした可能性を実現するためには,まず何よりも音楽科を担当する教師がその資質を高め,音楽の授業,総合的な学習や特別活動において,大きな成果を挙げてゆかねばならないであろう.音楽科教育研究においても,そうした授業実践に関する具体的な指針を明らかにすることが期待される.このためには,従来の音楽科教育の理論的な枠組みや方法論を再検討し,21世紀を展望しつつ,現状を見つめ,それを改革するための提言が必要となろう.
本書では,音楽科教育の歴史と現状をより正しく把握し,より有効な音楽科教育のありかたを展望するために,次の方針をとった.
(1)学習指導要領,指導要録,及び幾つかの教育改革の提言や教育方法論を積極的に採用した.
(2)本書の対象を,音楽科の授業だけでなく,幼児教育における音楽,音楽療法,さまざまな特別活動における音楽にまで拡大した.
(3)これまでに蓄積されてきた音楽科教育の用語を精選して採用した.学習指導要領などの文部省の用語は,「 」で示した.
(4)授業崩壊への対応として,行動分析理論を積極的に採用した.
(5)「幼児と音楽」の章においては,訓練主義を排した.
本書が,音楽の授業のみならず音楽そのものに携わっている人たち,教職を志している学生たち,音楽教育研究に関与している人たちにとって,少しでも役立てば幸いである.
本書の執筆陣として,斯界を代表する大家と気鋭の実践者をお迎えすることができたことは,編者の望外の喜びである.また,出版に際しては明治図書の鈴木嗣子氏にお世話いただきました.あわせて心からの御礼を申しあげます.
編者 /吉富 功修
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- 明治図書