- はじめに
- 第1章 「特別支援教育」って?!
- 1 法律では
- 2 特別支援学校の「特別支援教育」と「センター機能」
- 3 特別支援学校以外の認識……「特別支援教育って,特別支援学校でする教育でしょう?」 〜朱雀高校の場合,多くの高校でも?〜
- 【資料】発達障害と脳の機能
- 第2章 「気になる生徒」という気づき
- 1 “変な子”から“気になる子”へ 〜一人の気づきからみんなの気づきへ〜
- 2 高校現場で知っておきたいこと
- 1)診断名にこだわってしまう理由
- 2)診断名がないと対応できないか
- 3 私たちは特別支援教育をどのように理解したのか
- 1)学習を進める前と学習を積んだ後の認識の変化……朱雀高校の体験
- 2)評価の高かった研修内容
- 第3章 「高校で出会った『発達障害?』の特徴をもつ生徒」たち
- 1 気になりながら過ごした長い時間
- 2 事例から
- 1)「犯罪者」にならへんか? 進路部長の心配
- ―明君の場合―
- 2)保護者にどう伝えるか
- ―修君の場合―
- 3)全教科「5」になりたい
- ―沙織さんの場合―
- 4)落ち着かん子やなあ
- ―健君の場合―
- 5)勝手な変更は許せない
- ―守君の場合―
- 6)詳しい地図が必要
- ―亮君の場合―
- 7)「まあ,いいですけど…」
- ―直哉君の場合―
- 8)「あ〜,え〜,自分は…」
- ―靖君の場合―
- 9)自信がない
- ―涼子さんの場合―
- 10)脳腫瘍の手術を受けました
- ―亘君の場合―
- 11)「高次脳機能障害」という診断が示すこと
- ―夏美さんの場合―
- 12)不成功経験の重なりが…
- ―隼人君の場合―
- 13)「発達障害」の診断を受けていた
- ―勝巳君の場合―
- 3 事例に上げた生徒たちに共通していること
- 4 学校では何が問題になるのか
- 1)生徒個人の問題
- 2)集団の構成員としての問題
- 3)教師にとっての問題
- 第4章 朱雀高校が取り組んできた教育活動
- 1 二つの柱
- 1)学力の保障
- @「わかる授業」つくり
- A「なぜ学ぶのか?」「どう勉強したらよいの?」の疑問に答える
- B実態を踏まえた指導
- 2)自主活動の育成
- 2 特徴のある生徒の受け入れ
- 1)障害のある生徒の受け入れ
- 2)長期欠席者特別入学者選抜制度による生徒の受け入れ
- 第5章 朱雀高校の特別支援教育
- 〜特別でない「特別支援教育」とは?〜
- 1 既存の組織を活用する
- 2 「コーディネーター」の役割
- 3 対象となる生徒
- 4 障害探し,レッテル貼りはしない
- 5 「情報の収集」の仕方
- 6 学習の評価
- 7 啓発のための特設授業は行わない
- 第6章 朱雀高校からの提言
- 1 「特別支援」ということばの罠に陥らないために
- 1)「特別支援教育」って何をするのか 〜校内の統一見解が必要〜
- 2)「発達」という視点を忘れない
- 2 どこの学校でもできること
- 1)「私たちの学校」が最も大切にしている教育活動の確認
- 2)「私たちの学校」に在籍している生徒の実態の掌握
- 3)「私たちの学校」以外の協力者を見つける
- 4)「できること」と「できないこと」を整理する
- 5)協同できない人(教員)を責めない
- 6)視点を変えてみる
- 3 「特別でないこと」の気づきと提案
- 1)「支援」と「教育」はどう重なるのか
- 2)流行は廃れる
- 3)「特別支援」というネーミングの再考を
- 第7章 外部のサポート機関をどのように利用するか
- 1 支援の体制はどう整備されているか? 〜京都府の場合〜
- 2 特別支援学校の巡回相談
- 1)巡回相談って?
- 2)よりよい巡回相談のために
- 3)検査と診断・アセスメント
- 3 「病院」や「相談機関」とどう連携をとればよいか
- 4 「学校」独自の役割を忘れない
- 1)自立できる力をつける
- 2)特別支援教育と進路指導
- 第8章 あんな人もいる,こんな人もいる
- 〜お互いを認め合える集団づくり〜
- 1)X君のこと
- 2)Yさんのこと
- 3)Zさんのこと
- 4)人は人の中でしか育たない
- 第9章 私たちの戸惑い
- 【特別寄稿1】「告知」について /定本 ゆきこ
- 【特別寄稿2】京都府立朱雀高校が「特別でない特別支援教育」に着手できたバックグラウンドと,そこから我々が学べること /品川 裕香
- 【資料】朱雀高校で使っている「情報収集カード」
- おわりに
はじめに
2007年から,幼・小・中・高校のすべてで特別支援教育が始まりました。その数年前から,教育行政による啓発活動が進められ,コーディネーター役の選任や研修も始まっていましたが,一般の高校の教職員にとっては,縁遠く,よそごとの問題と受け止められていたのではないでしょうか。
それには,いくつかの理由があります。
まず第一は,それまでは障害児学校が担当していたものを(事実はそうではないのですが,そう見えていたということです),突然,なぜ高校でやらなければならないのか,という疑問が先に立つことです。障害児教育の知識も技能ももたない高校の教職員には,「これは無茶な方針で,あまりにも現実を無視している」と映ったものです。
第二の理由は,高校独自のものです。義務教育の小・中学校とは違い,入学試験というハードルをクリアして入学してくるのが高校生です。自分で学校を選び,自分の努力で高校まで来たのであり,多少の苦手な領域があったとしても,本人が努力さえすれば十分に克服できるはずだ,特別な手立てを講じなくても学校生活は何とかなっていたじゃないか,という思い込みがありました。だから,なぜ,いま改めて特別扱いをする必要があるのか,との疑問も湧いてきます。
更に,そこで使われている「特別支援」,「支援」などということばは,それまでの高校には馴染みがないものでした。高校では,学習活動でも特別教育活動でも,教員の生徒への働きかけは「指導」と表現しているので,これまでの生徒との関わり方と区別される,新しい関係のあり方としての「支援」とは何をすることなのか,イメージを描きにくいということもありました。その上,「特別」ということばの響きには,「特別扱い」という,どちらかと言えば否定的なニュアンスがあり,心理的な戸惑いも生まれてきます。
数年前までの私たちは,このような理解と戸惑いの中にいました。しかし,ここ2,3年の取り組みを通して,それまでとは全く違った理解をもつことができるようになりました。
特別支援教育は,新たな障害児教育ではなく,「生徒一人ひとりの特性に応じて,得意分野は更に伸ばし,不得意分野は克服できるように集団の中で取り組む」ものであり,教育の原点そのものである。これが私たちの今の理解といえます。
そういう結論に至ったのには,二つのきっかけがありました。
一つは,2006年度から導入された「長期欠席者特別入学者選抜制度」(第4章で詳述)による生徒の受け入れです。
この制度の入学生は,入学後は,一般入試で入学した生徒と一緒に学習することになっています。進級などについて特別な扱いをするわけではありません。しかし,中学時代に不登校などによる長期欠席という体験をしていることがあらかじめわかっていますので,その生徒が新たな環境に適応していくのを見守るためにも,入学以前に中学校訪問や本人・保護者との面談などを実施して,生徒の理解に努めています。
「生徒を十分に理解して指導にあたる」という態度は,不登校傾向の生徒ばかりでなく,学習のつまずきや家庭の複雑な事情といった様々な課題を抱えた生徒を,学校生活にスム−ズに定着させる上でも必要だという認識が広がりました。発達障害の生徒も,何らかの課題を抱えて適切な援助や指導を必要とする生徒たちの一人であって,決して「特別な生徒」ではないのだという予感が生まれてきました。
第二は,こうした予感が芽生えた時期に,文部科学省の「高等学校における発達障害支援モデル事業」の指定を受けたことです(2007・2008年度)。
そこでは,この予感というか仮説というか,これが正しいのか否かを確かめることを目標に据え,「発達障害又はその疑いのある生徒も『気になる生徒』の一人として,学校生活に定着させるため,日常の教育活動の中でできる『特別でない特別支援育』を探る」ことにしました。
その中で私たちは,教職員に今以上の負担にならない取り組みをと考えました。
まず取り組んだことは研修です。「発達障害とは何か」を教職員が共通認識でき,教育活動に生かされる研修を目標として,繰り返し学ぶ機会を設けました。(朱雀高等学校作成の「文部科学省委嘱事業『高等学校における発達障害支援モデル事業』最終報告書」に詳しく紹介しています)
この学びと実践を通して,私たちの「予感」(仮説)は確信に変わっていきました。「今までの『生徒観』『学力観』を変えたり補強したりしたもので,幅広い生徒への対応に生かせるもの」であり,「自分自身の幅が広がった」「優しい気持ちで生徒と出会えるようになった」と,ほとんどの教職員が受け止めています。教職員のこの変化は,生徒にも敏感に感じとられ,発達障害(の疑い)の生徒にとっても,そうでない生徒にとっても,居心地の良い環境の一つとなっていきました。
この1年ほどは,モデル事業の指定を受けたことで,他校からの訪問を受ける機会が突然増えました。訪問された方々に朱雀高校の取り組みを説明しますと,「特別支援教育って,こんなふうにやればいいんだ!」といった驚きの声や,「なぜそんな取り組みができるのか」といった質問をよく受けます。当たり前と思うことをただ普通にやっているだけだと思っていたのですが,そのやり方がユニークだといわれるのです。私たちがモデル事業のテーマとして掲げていた「特別でない特別支援教育」への関心の高まりを,ひしひしと感じさせられる時でもありました。
今回,「負担にならない取り組み」をモットーに文科省のモデル事業に取り組んできた朱雀高校の教職員が,協同で筆を執るという負担このうえない企画に挑戦しようと決意したのは,「特別支援教育」というものに対して私たちと同じような「距離感」や「モヤモヤ」した印象を抱いておられる学校関係者の方々に,何らかのヒントを提供できるかもしれない,というささやかな希望を抱いたからに他なりません。
モデル事業を通して,一足先に学ばせてもらった私たちの体験が,多くの関係者の方々へのヒントとして役に立ち,ひいては,適切な「支援」を必要としている生徒にとっての救いとなるのなら,これほどうれしいことはありません。
2010年1月 執筆者一同
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- 明治図書