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今月のメッセージ
千の風になって、こころの中に生きている。
常任委員 篠崎 純子
「コーチがノック中に倒れました。」という電話を受けて、まさかと思いながら病院に急ぎました。ユニホームのままベッドに横たわっていたのは、あの人一倍元気なコーチでした。意識は戻らず痛ましい姿でしたが、その荒い呼吸は、死と必死に闘っているいつもの強いコーチでした。
彼は私がかつて受け持った荒れたクラスのゲンやシオン、力也達の少年野球チームの「鬼コーチ」です。普段はとても穏やかで楽しいお茶目な人なのに、野球の時には妥協を許さず、ゲン達も「コーチ」というと背筋がぴんと伸びる、そんな迫力のある人でした。
ある時偶然、ゲンたちの担任が私だと分かると、彼は熱っぽく子どもたちのことを語り始めました。コーチ歴二十数年の彼も、教師歴三十年の私も、一致したのは「未だかつてみたことのないような指導が大変な子どもたち」ということでした。
コーチ「ゲンはまだ野球を始めたばかりなので、技術的にはまだまだなのはあたり前なのに、すぐキレる。」
私 「そうなんですよ。まったく。」
コーチ「でも、あれは仲間にあたっているように見えるけど、へたな自分にいらついてキレてるように思えるんだよ。刃向かうように見えるけど甘えかも知れないな。何でもいい。何かをやりぬいて自信をつけてやりたいんだ、ゲンに。」
ゲンの暴力に疲れていた私はそのことばに答えることもできず、きっと暗い顔をしていたのだと思います。するとコーチは「先生も大変だな。もし、ゲンが暴れたら『コーチに言う』と一言言ってみな。」と励ましてくれました。果たしてその通りで、何度それで蹴ったりなぐったりの暴走するゲンを止めることが出来たかわかりません。
しかし、そのことばを言わなくてもよくなったかなと思い始めた頃、ゲンたちは自主練をグループを組んではじめたのです。夕焼けの光の中、力也や翔たちにボールの捕り方や撃ち方を教わるゲンの姿はひたむきで、私はそーっとそーっとかげで見つめていました。
しばらくすると、ゲンがどうして友達をなぐってしまったのかを代わりに言ってくれる翔や力也たち友達ができたのです。ゲンはそのとき初めてみんなの前で泣きました。ありのままの自分をさらけ出しても分かってくれる居場所ができたのだと私は思いました。それは「決して見放さない」というあたたかく厳しい指導のスタンス、多様な練習方法を監督・コーチが討議しながら繰り返して取り組むという集団的な指導法、何よりチームの子どもたちの関係づくりを大切にしていることなど、多くのことを学びました。保護者・地域、そして子どもたち自身、たくさんのものに支えられて子どもたちを巡るドラマが創られていくということも……。そのプロデュースが教師の仕事の一つということも……。ゲンたちが六年の時、全国大会に出場するチームになっていきましたが、野球を通してかっこ良いのも悪いのも、幸せも不幸せもすべてひっくるめて「生きる」すばらしさということを、コーチは一番語りたかったのではないでしょうか。
夏休みの最後の日、コーチは千の風になりました。今もこころの中でいろいろなことをささやいている風になりました。
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- 明治図書