教育オピニオン
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インクルーシブ教育を求めて
東京都足立区教育委員会教育長齋藤 幸枝
2011/6/16 掲載

 一人一人のニーズに応じた適切な指導および必要な指導を行う特別支援教育は平成19年から始まり、5年目を迎えました。
 多くの学校ではすでに校内委員会が設置され、特別支援教育コーディネーターが指名され、不十分ながらもしくみづくりは整ったものと思います。しかし新しい分野である発達障害についての蓄積は少なく、従来からの知的障害や病弱児についても、保護者の期待感とはうらはらに教職員の理解もいまだ不十分な状態といえるでしょう。
 よく「教育はお金ではない」、という声を耳にします。しかし決められた条件に何とかプラスしようとしたときに、あるいは新しい試みをスタートさせようとしたときに必要なのはヒトであり予算です。特別支援教育とて例外ではありません。
 教育行政に責任をもつ教育長としての立場と心臓病という障害をもって生まれた子どもを育てた親の立場から、見えてきた特別支援教育について述べてみたいと思います。

1 就学先決定を左右する環境条件

 障害があるからこそ地域の学校に就学させたいと望む保護者は多いと思います。高度の専門性や同じ障害をもつ子どもたちがともに学ぶことを要しない子どもの場合は、私もできるだけ地域の学校での就学を望みます。そのためには、工夫をしつつできる限り受け入れるための環境条件を整えていくことが必要です。
 特に肢体不自由児や病弱児にとって施設の整備状況は就学先決定を左右します。
 例えばエレベーターがあるだけで、車いすの必要な子どもは、親か介助員の付き添いが不必要、あるいは軽減できます。重度の心臓病児や病弱児にとっても朗報で、教室移動が容易になります。
 また冷暖房設備があると、夏の暑さや冬の寒さが苦手な重い心臓病児も、暑さ寒さにめげず通学することができます。
 痰の吸引や酸素吸入など医療的ケアを要する子どもには、現状では看護師か家族の付き添いが、状態によっては介助者も求められます。このような求めに対応できる自治体は少なく、結果として就学支援委員会の判断は、「特別支援学校」とせざるを得ないこととなります。もしこの医療行為への制限が緩和され、一定の条件のもとで介助者も可となれば、看護師と介助者の両方が必要だった子どもが介助者のみで就学可能となります。
 現状では就学支援委員会の判断は、子どものコミュニケーション能力や学習能力の可能性だけでなく、このような環境条件の影響により判断せざるを得ないことがあります。就学先決定のあり方を論ずる前提として、環境条件を整える方策の検討を強く望みます。

2 就学支援委員会による判断

 就学支援委員会では必要に応じて行動観察をしたのち、委員会にて判断していただいています。
 しかし、多くの子どもたちは小学校入学前に保育園や幼稚園に通園しています。慣れない場所で行われる行動観察より、実際に日々観察している園長や保育士たちの判断の方が適切なときもあります。できる限り園に出向き、園での様子を観察に行くことが望ましく、体制づくりが求められます。
 また、委員にはその道の専門家に就任していただいていますが、すべての障害に対応できるわけではありません。特に病弱児の場合は専門外の医師が委員である場合が少なくなく、できる限り、主治医の診断書や意見書でよしとする、または尊重していただきたいと思います。

3 柔軟性のある就学後の就学先変更

 私どもの自治体では小学校だけで年間420人もの就学相談を受けます。多くの保護者は就学支援委員会の判断を受け入れてくれますが、納得できない保護者もいます。そのような方には判断した学校や学級の見学を勧めており、保護者の思いと判断が異なるときはさらに入学体験を案内しています。体験先の教職員だけでなく、保護者の話を聞く機会などが設定できると不安感や思い込みを払拭できる場合もあります。
 また、この判断が小学校6年間ずっと規定されるのではなく、子どもの発達状況に応じて相談や転学のできることを前もってお知らせできると、保護者との話し合いが随分スムーズになると思います。保護者は子どもの可能性を伸ばしてくれるところを求めており、「判断」に異を唱えるときは、判断された就学先の教育に不安を覚える場合が多いからです。

4 ノウハウの蓄積と教員の専門性の育成

 地域の学校には特別支援教育の経験を積んだ教員が多く配置されているわけではなく、通常の学級と同様の異動基準も適用されますので、ノウハウの蓄積は容易ではありません。また、学校によっては特別支援学級が通常の学級と全く別棟、職員室も別、そのため校長の指導が行き渡らず、学校全体で特別支援教育に取り組む姿勢が弱い学校もあります。
 校長の指導力の向上、特別支援学校との研修交流や人事交流を行い、専門性を確保するとともに職員室の統合も急務です。

5 保護者・地域とともに育む教育を

 先日、発達障害のお子さんをもつ保護者の方が3人で訪ねて来ました。来年度廃止する事業の復活要求が表向きでしたが、学級のこと、教師のこと等多岐にわたり、日頃の不満や思いをお話いただきました。
 保護者には大きく分けて二通りあり、大変熱心な方とネグレクトに近い方とがいます。その方々は当然熱心な方々ですので、1つ間違えばいわゆるモンスター化することも考えられますが、しっかりと向き合えればともに育む協力者になります。
 私自身、心臓病児を授かったおかげで多くの障害をもつ子どもたちとその親に会うことができました。要求の多い人はそれだけ、学校への思いが強く教育に熱心な人が多いもの。学校や教育委員会だけが頑張るのではなく、多くの方々が知恵を出し合い参加いただく中で、特別支援教育の環境づくりを進めていきたいと思います。

特別支援教育の実践情報2011年6-7月号より転載

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