大森修国語教育著作集6
苦闘・国語科授業の発問づくり

大森修国語教育著作集6苦闘・国語科授業の発問づくり

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子どもに力をつける発問づくりの原理・原則をまとめた。

著者が考えてきた国語科の「発問の原理・原則」がちりばめられた本書。文章の検討を促す発問作りを起点に、分析批評の発問によって授業や授業研究計画、さらには指導案の改革を提示した。国語科授業の発問づくりには欠かせないマニュアル。


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ISBN:
4-18-527619-2
ジャンル:
国語
刊行:
対象:
小学校
仕様:
A5判 192頁
状態:
在庫僅少
出荷:
2019年6月17日
新学習指導要領解説書籍
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目次

もくじの詳細表示

まえがき
T 文章の検討を促す発問作り
一 「気持ちを問う発問」で集中するか
二 文章の検討を促す発問 ─四年・短歌と詩の授業でいえること─
1 「発問批判」の観点の批判/ 2 「文章の検討を促す発問」の検討/ 3 「春」(坂本遼)の授業/ 4 子どもは自らどのくらい文章を検討できるのか/ 5 結論
三 文章の検討を促す発問の原理・原則 ─二年「かさこ地ぞう」と「はな」の授業を例にして─
1 発問の原理・原則と「自ら学ぶ子どもを育てる学習指導」との関係/ 2 文芸研の授業実践の検討/ 3 私の授業実践/ 4 「はな」(新美南吉)の授業/ 5 子どもは何ができるようになったのか/ 6 結論
四 文章の検討を促す発問の作り方 ─「鹿」の教材解釈と授業─
1 「鹿」(村野四郎)の教材解釈/ 2 どのように教材を解釈したか/ 3 「鹿」の授業
五 読み方を教え思考を鍛えた「分析批評による『やまなし』への道」
六 五年二組 国語科研究計画
U 分析批評の発問作り
一 分析批評の授業研究計画
1 「分析批評」「コード」「発問」/ 2 本年度の研究について
二 Aから@へと向かう教材研究
三 前にした授業の問題点から発問を作る
四 分析批評の発問による授業 ─浜上薫氏「わらぐつの中の神様」の追試─
V 発問作りの原理・原則
一 二年「かさこ地ぞう」の授業
二 研究者の解釈から発問をつくる ─「鹿」の授業─
三 ウォーミングアップ → ワークアウト → クールダウン
四 基本をふまえた授業づくりの中で ─加納一志氏「ガラパゴスの自然と生物」の追試─
五 発問作りのポイント
W 指導案の改革
一 発問・指示を明記した指導案の「志」
二 発問・指示を入れた指導案の特徴
三 子どもの事実を重視する発問・指示を明記した指導案
解説 /松野 孝雄

まえがき

 向山洋一著「絶えざる追求過程に参加する」は、教員としての後半の人生を決定した。

 『教育科学国語教育』(明治図書)での向山洋一氏の論文「国語教育の断片を拾う」が目に留まった。面白い論文があると飯沼宏氏に見せた。氏は、「すぐに電話をしなさい。見に行こう。」と言ったのである。

 このときの授業参観の条件が「だれか学級で授業をしてください」だった。それでも行くことになった。

 向山氏との出会いである。

 向山学級の子どもには心底驚いた。感動もした。

 こんなに子どもらしい六年生がいたのだ! と思ったのである。どの子もあけすけであり、開放されていた。男女も仲がよかった、というより区別がなかった。

 新潟の大坂伝衛氏の授業での子どもの反応にも度肝を抜かれた。

 大坂氏が「詩の感想は?」ときかれても、だれも反応をしないのである。大坂氏は「何でもいいよ。気がついたことでも。」と言うが、反応がないのである。

 お手上げ状態である。

 大坂氏が「思ったことや感じたことや……」と言うが反応がないのだ。この一連の問いかけの中に「解釈」という言葉があった。

 この言葉が発せられた瞬間、さっと子どもの手が挙がったのである。何ということだ。解釈ならば討論できるのである。しかし、感想や気がついたこと思ったことでは討論ができない。

 大坂氏の後の授業が向山氏の「雪」の授業であった。

 しかし、である。

 このときの授業は何をしているのかが分からなかったのである。授業を解釈するコードを私がもっていなかったのである。

 帰郷する列車の中では、向山氏の次の言を批判して、エキサイトしていた。

 向山氏は「本日の授業で、子どもは五つから、六つのことを確認しています」と言ったのだ。

 これに対して、「何が確認だ。何一つ確認をしていないではないか!」という調子である。

 怒れる私に飯沼氏は言った。

 「向山さんのような授業ができるようになりなさい。向山さんを呼んで授業を見てもらい、批評してもらう会をしよう。授業は、今度は、あんた(大森)がするんだ。」

 物静かな言い方であったが、迫力があった。

 衝撃が走るまでにそうそう時間はかからなかった。

 向山氏が『授業研究』(「授業研究21」の前の雑誌)に「授業の腕をみがく」を連載したからである。

 衝撃は、なぜ起きたのか。

 見たことがない授業展開であったのだ。

 すぐに、してみた。(後に追試実践といわれる)。

 何と、子どもの反応がある一定の範囲で同じではないか? なぜだ? なぜ同じになるんだ?

 「授業の腕をみがく」は、これ以降の私の実践のバイブルになる。何回も何回も読み返した。間をおいてはまた、読み返した。新しい発見がそのたびにあった。ついに、糊代がはずれてばらばらになった。

 「絶えざる追求過程への参加」。

 これが、私の信条になった。

 向山氏の学級を訪問したとき、向山氏が明治図書の江部満氏に会わせてくれた。

 向山氏が「こちらは、新潟大学附属小学校の大森先生です。力のある先生です。」と紹介をしたのだ。

 江部さんは、「話をしていれば分かります。」と応えた。

 私が、「話をしていれば力があるかないかが分かります」という言葉を実感的に分かるのは、江部氏と出会ってから数年後のことである。

 なんという不勉強なことか。

 話をしただけで相手が力があるかないかが分かるようになるほどの勉強の量も質も不足していたのである。

 このときの出会いが、原稿依頼へとつながるのである。

 最初の原稿に対して、「文章は硬いけれど、面白いですね。」という手紙をくれたのをはっきりと覚えている。

 ある程度原稿を書くようになったとき、向山氏が「編集者が人を育てているんです」と言ったのを記憶している。

 この意味もまた、このときは理解できなかった。

 しかし、今は、明確に理解できる。

 「発問の定石化」以来お世話になっている樋口雅子氏を含めて、両氏が私を育ててくれた部分は実に大きいものがある。

 本著作集は、江部満氏、樋口雅子氏、両氏の依頼によって書かれた原稿でできているのである。

 向山氏に出会わなかったら、教員としての後半の人生は色あせたものになっていたに違いない。氏から学んだことは計り知れない。それだけではない。

 「絶えざる追求過程に参加する」は座右の銘にもなった。

 いまも向山氏のこの言葉に依拠して歩んでいる。そして、これからも……。


 この著作集の話が江部満氏からあったとき、「編集作業をしましょう」と言ったのが、法則化運動の立ち上げから一緒に歩んできた仲間であった。かれらは、部屋いっぱいの原稿をカテゴリー別に区分けをし、さらに分類をして見出しを付けてくれた。

 各巻の終わりに、編集をしてくれた仲間が一文を寄せてくれた。彼らにも感謝をしている。


 この著作集が、子どもに価値ある教師になりたいと思っている方々に少しでもお役に立つことがあれば幸甚である。


  平成十六年七月   /大森 修

著者紹介

大森 修(おおもり おさむ)著書を検索»

1946年新潟県生まれ

日本教育技術学会理事,日本言語技術教育学会理事。

※この情報は、本書が刊行された当時の奥付の記載内容に基づいて作成されています。
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