大森修国語教育著作集5
国語教育界の金字塔「やまなし」を分析する

大森修国語教育著作集5国語教育界の金字塔「やまなし」を分析する

ロングセラー

インタビュー掲載中

「やまなし」の授業記録を分析、解釈し、実践する。

国語教育史に燦然と輝く「やまなし」の授業。この授業をどのように見ればよいのか。著者は授業批評の手法を通じて明確に提示する。本文はその多くを著者のライブ音声のテープ起こしから取った。大森学級による「やまなし」の授業記録も必見!


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ISBN:
4-18-527520-X
ジャンル:
国語
刊行:
対象:
小学校
仕様:
A5判 180頁
状態:
在庫僅少
出荷:
2019年6月17日
新学習指導要領解説書籍
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目次

もくじの詳細表示

まえがき
T これが授業批評だ
一 調べ抜き考え抜け
1 薄すぎる授業記録/2 狭すぎる教育技術
二 授業を分析する技術は授業の腕を上げる技術である
1 技術がなければ分析できない/2 すぐれた授業の追試で技術を学ぶ/3 分析内容は技術に規定される
三 授業分析から授業批評へ
1 「授業分析」と「授業批評」はどう関わるか/2 「授業分析」二つのポイント/3 「授業批評」は誰でもできるわけではない
U 向山洋一「やまなし」の授業
一 日本教育史に残る金字塔である
1 「向山洋一・年齢別実践記録集」を読む/2 向山氏の前に惨敗/3 最初から勝負は決まっていた
二 「やまなし」授業CDの分析
1 講座名と講座内容との整合性を問う/2 一人の子どもを追い続けると/3 一人の子どもの内部情報を追うだけでは/4 向山学級の討論の言葉のカテゴリー/5 向山氏の「教育観」が授業に反映している
三 向山学級の討論内容が分かるか
1 なぜ向山学級の子どもが言っていることが分からないのか/2 「やまなし」を読めていないし宮沢賢治の思想も知らない/3 宮沢賢治の童話は心象風景つまり比喩である/4 子どもが何を討論しているか分かっている向山氏/5 なぜ研究者と遜色のない内容の討論ができるのか/6 研究者の論文を読んで向山学級の子どもの討論を理解する/7 討論における「番」の指導が大事である/8 「番」が分かっている向山学級の子ども/9 向山氏の若さと気概/10 築地久子にも齋藤喜博にも「気概」があった/11 向山氏の「気概」の原体験/12 授業分析の枠組み「教材論」「指導論」「学習論」
四 「やまなし」指導計画の分析
1 論文も「コード」をもっていなければ解釈できない/2 黒と白の中間にくるのは「青」である/3 言語分析の常道「量」に注目せよ/4 三代目と四代目との「量」の違いはなぜ起きたか/5 最初の一文と最後の一文との意味/6 抽出した原理を他教材に応用する/7 向山学級の授業記録を分析する/8 色や言葉の対比が「主題」検討に結びついている/9 細分化して指導計画を分析する
五 なぜ向山氏はあのような実践ができたのか
1 初めての人にも伝わる提案を/2 一〇回読むのが一つの目安/3 指名なし音読で子どもの実態が分かる/4 辞書を引かせるときにも「考え抜く」 /5 学習したという実感をもたせる/6 際立つ発問「スクリーンの位置はどこか図で示しなさい」/7 辞書の引き方指導のコツ/8 「谷川の底」は心象風景/9 あれども見えず「かに」の子どもの会話/10 色以外の対比で縦の関係をとらえさせる/11 色の対比で横の関係をとらえさせる/12 「イメージ」も向山氏の特長/13 二度とできない三代目の授業/14 試行錯誤による取っ組み合いこそ力をつける/15 三代目と四代目との違い・大森の仮説
六 「やまなし」評論文の分析
1 名取さんの評論文を分析したとは言えない/2 向山氏は国語でなく哲学を教えている/3 向山氏の思考法を子どもが獲得している/4 評論文全文をパソコンに打ち込む基本作業の上で/5 評論文の解説でなく分析を/6 安易に宮沢賢治の生き方を教えるな
七 名取さんの評論文をどう読むか
1 常識や概念と必ずしも一致しない/2 独善的・独断的・独創的/3 実は向山氏が好んで使う言い回し/4 三段論法も特有の思考回路/5 カテゴリーの違う文章/6 「主題」は評論文からだけでは分からない/7 四代目は一つ一つが短い/8 本当のすごさは分からない/9 突出したすごい表現がある/10 外部情報も基礎を成している/11 哲学的テーマを自らに課している/12 授業のメタ化で授業内容を超えているか/13 名取さんのノートはどうなのか/14 本来的な意味での評論となっている/15 実践をファイリングしよう/16 子どもたちから預かったノート
八 「やまなし」の授業の組み立て
1 「討論」の組み立てを抽出する/2 パーツ・ピース・ネットワーク
V 大森学級の授業
一 「やまなし」の授業場面から子どもを見取る
二 子どもの評論文からすぐれた授業を探る
1 国語科の「授業モデル」とは何か/2 子どもの評論文/3 目指すべき授業
解説 TOSS新潟 /浅野 秀之

まえがき

 向山洋一著「絶えざる追求過程に参加する」は、教員としての後半の人生を決定した。

 『教育科学国語教育』(明治図書)での向山洋一氏の論文「国語教育の断片を拾う」が目に留まった。面白い論文があると飯沼宏氏に見せた。氏は、「すぐに電話をしなさい。見に行こう。」と言ったのである。

 このときの授業参観の条件が「だれか学級で授業をしてください」だった。それでも行くことになった。

 向山氏との出会いである。

 向山学級の子どもには心底驚いた。感動もした。

 こんなに子どもらしい六年生がいたのだ! と思ったのである。どの子もあけすけであり、開放されていた。男女も仲がよかった、というより区別がなかった。

 新潟の大坂伝衛氏の授業での子どもの反応にも度肝を抜かれた。

 大坂氏が「詩の感想は?」ときかれても、だれも反応をしないのである。大坂氏は「何でもいいよ。気がついたことでも。」と言うが、反応がないのである。

 お手上げ状態である。

 大坂氏が「思ったことや感じたことや……」と言うが反応がないのだ。この一連の問いかけの中に「解釈」という言葉があった。

 この言葉が発せられた瞬間、さっと子どもの手が挙がったのである。何ということだ。解釈ならば討論できるのである。しかし、感想や気がついたこと思ったことでは討論ができない。

 大坂氏の後の授業が向山氏の「雪」の授業であった。

 しかし、である。

 このときの授業は何をしているのかが分からなかったのである。授業を解釈するコードを私がもっていなかったのである。

 帰郷する列車の中では、向山氏の次の言を批判して、エキサイトしていた。

 向山氏は「本日の授業で、子どもは五つから、六つのことを確認しています」と言ったのだ。

 これに対して、「何が確認だ。何一つ確認をしていないではないか!」という調子である。

 怒れる私に飯沼氏は言った。

 「向山さんのような授業ができるようになりなさい。向山さんを呼んで授業を見てもらい、批評してもらう会をしよう。授業は、今度は、あんた(大森)がするんだ。」

 物静かな言い方であったが、迫力があった。

 衝撃が走るまでにそうそう時間はかからなかった。

 向山氏が『授業研究』(「授業研究21」の前の雑誌)に「授業の腕をみがく」を連載したからである。

 衝撃は、なぜ起きたのか。

 見たことがない授業展開であったのだ。

 すぐに、してみた。(後に追試実践といわれる)。

 何と、子どもの反応がある一定の範囲で同じではないか? なぜだ? なぜ同じになるんだ?

 「授業の腕をみがく」は、これ以降の私の実践のバイブルになる。何回も何回も読み返した。間をおいてはまた、読み返した。新しい発見がそのたびにあった。ついに、糊代がはずれてばらばらになった。

 「絶えざる追求過程への参加」。

 これが、私の信条になった。

 向山氏の学級を訪問したとき、向山氏が明治図書の江部満氏に会わせてくれた。

 向山氏が「こちらは、新潟大学附属小学校の大森先生です。力のある先生です。」と紹介をしたのだ。

 江部さんは、「話をしていれば分かります。」と応えた。

 私が、「話をしていれば力があるかないかが分かります」という言葉を実感的に分かるのは、江部氏と出会ってから数年後のことである。

 なんという不勉強なことか。

 話をしただけで相手が力があるかないかが分かるようになるほどの勉強の量も質も不足していたのである。

 このときの出会いが、原稿依頼へとつながるのである。

 最初の原稿に対して、「文章は硬いけれど、面白いですね。」という手紙をくれたのをはっきりと覚えている。

 ある程度原稿を書くようになったとき、向山氏が「編集者が人を育てているんです」と言ったのを記憶している。

 この意味もまた、このときは理解できなかった。

 しかし、今は、明確に理解できる。

 「発問の定石化」以来お世話になっている樋口雅子氏を含めて、両氏が私を育ててくれた部分は実に大きいものがある。

 本著作集は、江部満氏、樋口雅子氏、両氏の依頼によって書かれた原稿でできているのである。

 向山氏に出会わなかったら、教員としての後半の人生は色あせたものになっていたに違いない。氏から学んだことは計り知れない。それだけではない。

 「絶えざる追求過程に参加する」は座右の銘にもなった。

 いまも向山氏のこの言葉に依拠して歩んでいる。そして、これからも……。


 この著作集の話が江部満氏からあったとき、「編集作業をしましょう」と言ったのが、法則化運動の立ち上げから一緒に歩んできた仲間であった。かれらは、部屋いっぱいの原稿をカテゴリー別に区分けをし、さらに分類をして見出しを付けてくれた。

 各巻の終わりに、編集をしてくれた仲間が一文を寄せてくれた。彼らにも感謝をしている。


 この著作集が、子どもに価値ある教師になりたいと思っている方々に少しでもお役に立つことがあれば幸甚である。


  平成十六年七月   /大森 修

著者紹介

大森 修(おおもり おさむ)著書を検索»

1946年新潟県生まれ

日本教育技術学会理事,日本言語技術教育学会理事。

※この情報は、本書が刊行された当時の奥付の記載内容に基づいて作成されています。
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