大森修国語教育著作集2
評論文への道

大森修国語教育著作集2評論文への道

インタビュー掲載中

評論文が可能にした作文指導の未来が明らかになる。

著者自身が会心の作という「作文技術で思考を鍛える」を収録。向山氏による「分析批評」の授業を追試し評論文を書かせていく過程で、「自らの考えを鍛える」作文技術を身につける。ノート指導を根幹に据えた独自の大森式作文指導を提案した意欲的な一冊。


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ISBN:
4-18-527213-8
ジャンル:
国語
刊行:
対象:
小学校
仕様:
A5判 232頁
状態:
在庫僅少
出荷:
2019年6月20日
新学習指導要領解説書籍
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目次

もくじの詳細表示

まえがき
T 大森修は向山氏の評論文から何を明らかにしてきたのか
一 向山実践は、子どもが自らの思考を鍛えている
1 「分析批評」で授業すると、子どもはなぜ書けるのか
2 授業の成否〜学習内容が授業内容を超えている〜
3 向山実践は、子どもが自らの思考を鍛えている
二 向山実践を正確に追試した大森実践で子どもはここまで書いた
1 「文章を検討する力」がついたか評価する
2 本多敦子の中谷批判「私はこの考えを支持しない」
3 中谷基一の反批判「四年生のぼくの分析を、本多さんが指摘するのも無理はない」
4 教材の一般的な解釈をも検討する井浦一美
5 大森修がたどりついた「学習のまとめ」の新しさ〜齋藤勉氏の分析〜
6 保護者はこのころの大森修をどう見ていたか
三 評論文を書かせるために必要な三つの指導事項
1 評論文で、子どもは「学ぶ」ということを自覚する
2 評論文を授業に位置づけるには
3 「討論」をしてこそ素材を貫く論理を自覚できる
4 従来の作文指導との違い〜子どもは考え続けている〜
5 第一の指導事項(一〇%)〜評論文を書かせる前にする「学習のまとめ」の指導〜
6 第二の指導事項(二〇%)〜日頃の授業で文を指導せよ〜
7 子どもが自覚している「文」の指導
8 第三の指導事項(七〇%)〜子どもの問いを育てよ〜
四 「学習のまとめ」を書かせるために必要なノート指導
1 考えるための言葉の定型を学ばせよ
2 教師の話し言葉が明晰でないと考えるべきことにエネルギーが使えない
3 短い文で書けるようになると、子どもは長い文章が書けるようになる
4 「学習のまとめ」をなぜ書かせるのか
5 附属新潟小学校大森・伊藤・山田学級の「学習のまとめ」
6 有田学級の「追究の鬼」もまた「学習のまとめ」から生まれた
7 東井義雄氏「学習帳の問題」に大森修が挑む
8 大森修は「学習のまとめ」をどう書かせたか
9 「学習のまとめ」指導は、一年間でこう進む
五 思考力を育てる「文」の指導
1 評論文に生きる「文」の指導
2 表現力指導周辺のキーワードを整理する
3 文の形で子どもが書ける・読めるようにする
4 旧態然とした教師の発想を疑い、転換していく
5 思考力を育てるための授業開発
6 思考は文体で現れる
7 テストも思考力育成の授業と連動する
六 さあ、評論文を書かせよう
〜「学習のまとめ」からの飛躍〜
1 「学習のまとめ」が書けるまでに何を教えてきたか
2 子どもが考えられるようになったかどうかを見る評価基準
3 論を展開する子どもに感動〜子どもは評論文に移行し始めている〜
4 再度確認しよう〜子どもは何ができるようになったのか〜
5 大森修が解説する富岡の評論文〜論文のレトリックが生まれている〜
6 大森修が解説する佐藤の評論文〜評論文など実はどうでもよいのである〜
7 教材を調べ尽くす〜赤いくちばしにも関わらず黒く見えた「見え」〜
8 書く・考えるを循環させる「討論」が必要
9 プロット指導はお手本とノート指導で
10 演習〜序論を書く〜
11 評論文を書くことで子どもは授業をメタ認知している
12 子どもに序論のお手本を見せるのではない
U 大森学級の子どもの文章
〜問え! 問え! 問え!〜
一 俳句・短歌編
「米洗う〜」佐野 英朗/「米洗う〜」神田 奈実/「石ばしる〜」西沢 美智子
二 物語編
「協力し合う」八向 志保/『「大造じいさんとガン」(椋 鳩十)の分析』尾崎 文
V 大森式作文指導の構築
〜学習システムとしてのノート指導〜
1 無自覚であるがゆえに学習のエネルギーを消費する
2 「分析批評」の何が子どもに作文を書く力を付けるのか
3 素材(情報)が豊富なことは必要条件にすぎない
4 「討論」と「文の指導」が子どもに作文の力を付けている
5 計画的意図的な「文の指導」がいる
6 「学習のまとめ」は授業感想から始める
7 指導の最初は正確に話すことから始める
8 「学習のまとめ」を書かせるノート指導
9 樺島氏のアウトラインシステムを導入してノート指導を可能にした
10 ノート指導の年間見通し
11 子どもの状態を無視した作文技術教育では子どもは育たない
解説 /山田 高広

まえがき

 向山洋一著「絶えざる追求過程に参加する」は、教員としての後半の人生を決定した。

 『教育科学国語教育』(明治図書)での向山洋一氏の論文「国語教育の断片を拾う」が目に留まった。面白い論文があると飯沼宏氏に見せた。氏は、「すぐに電話をしなさい。見に行こう。」と言ったのである。

 このときの授業参観の条件が「だれか学級で授業をしてください」だった。それでも行くことになった。

 向山氏との出会いである。

 向山学級の子どもには心底驚いた。感動もした。

 こんなに子どもらしい六年生がいたのだ! と思ったのである。どの子もあけすけであり、開放されていた。男女も仲がよかった、というより区別がなかった。

 新潟の大坂伝衛氏の授業での子どもの反応にも度肝を抜かれた。

 大坂氏が「詩の感想は?」ときかれても、だれも反応をしないのである。大坂氏は「何でもいいよ。気がついたことでも。」と言うが、反応がないのである。

 お手上げ状態である。

 大坂氏が「思ったことや感じたことや……」と言うが反応がないのだ。この一連の問いかけの中に「解釈」という言葉があった。

 この言葉が発せられた瞬間、さっと子どもの手が挙がったのである。何ということだ。解釈ならば討論できるのである。しかし、感想や気がついたこと思ったことでは討論ができない。

 大坂氏の後の授業が向山氏の「雪」の授業であった。

 しかし、である。

 このときの授業は何をしているのかが分からなかったのである。授業を解釈するコードを私がもっていなかったのである。

 帰郷する列車の中では、向山氏の次の言を批判して、エキサイトしていた。

 向山氏は「本日の授業で、子どもは五つから、六つのことを確認しています」と言ったのだ。

 これに対して、「何が確認だ。何一つ確認をしていないではないか!」という調子である。

 怒れる私に飯沼氏は言った。

 「向山さんのような授業ができるようになりなさい。向山さんを呼んで授業を見てもらい、批評してもらう会をしよう。授業は、今度は、あんた(大森)がするんだ。」

 物静かな言い方であったが、迫力があった。

 衝撃が走るまでにそうそう時間はかからなかった。

 向山氏が『授業研究』(「授業研究21」の前の雑誌)に「授業の腕をみがく」を連載したからである。

 衝撃は、なぜ起きたのか。

 見たことがない授業展開であったのだ。

 すぐに、してみた。(後に追試実践といわれる)。

 何と、子どもの反応がある一定の範囲で同じではないか? なぜだ? なぜ同じになるんだ?

 「授業の腕をみがく」は、これ以降の私の実践のバイブルになる。何回も何回も読み返した。間をおいてはまた、読み返した。新しい発見がそのたびにあった。ついに、糊代がはずれてばらばらになった。

 「絶えざる追求過程への参加」。

 これが、私の信条になった。

 向山氏の学級を訪問したとき、向山氏が明治図書の江部満氏に会わせてくれた。

 向山氏が「こちらは、新潟大学附属小学校の大森先生です。力のある先生です。」と紹介をしたのだ。

 江部さんは、「話をしていれば分かります。」と応えた。

 私が、「話をしていれば力があるかないかが分かります」という言葉を実感的に分かるのは、江部氏と出会ってから数年後のことである。

 なんという不勉強なことか。

 話をしただけで相手が力があるかないかが分かるようになるほどの勉強の量も質も不足していたのである。

 このときの出会いが、原稿依頼へとつながるのである。

 最初の原稿に対して、「文章は硬いけれど、面白いですね。」という手紙をくれたのをはっきりと覚えている。

 ある程度原稿を書くようになったとき、向山氏が「編集者が人を育てているんです」と言ったのを記憶している。

 この意味もまた、このときは理解できなかった。

 しかし、今は、明確に理解できる。

 「発問の定石化」以来お世話になっている樋口雅子氏を含めて、両氏が私を育ててくれた部分は実に大きいものがある。

 本著作集は、江部満氏、樋口雅子氏、両氏の依頼によって書かれた原稿でできているのである。

 向山氏に出会わなかったら、教員としての後半の人生は色あせたものになっていたに違いない。氏から学んだことは計り知れない。それだけではない。

 「絶えざる追求過程に参加する」は座右の銘にもなった。

 いまも向山氏のこの言葉に依拠して歩んでいる。そして、これからも……。


 この著作集の話が江部満氏からあったとき、「編集作業をしましょう」と言ったのが、法則化運動の立ち上げから一緒に歩んできた仲間であった。かれらは、部屋いっぱいの原稿をカテゴリー別に区分けをし、さらに分類をして見出しを付けてくれた。

 各巻の終わりに、編集をしてくれた仲間が一文を寄せてくれた。彼らにも感謝をしている。


 この著作集が、子どもに価値ある教師になりたいと思っている方々に少しでもお役に立つことがあれば幸甚である。


  平成十六年七月   /大森 修

著者紹介

大森 修(おおもり おさむ)著書を検索»

1946年新潟県生まれ

日本教育技術学会理事,日本言語技術教育学会理事。

※この情報は、本書が刊行された当時の奥付の記載内容に基づいて作成されています。
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