- 第二期全集の発刊に寄せて
- 本巻のまえがき
- T 向山、「全国的論争」に投稿する
- 一 歴教協への不満
- 二 〈投稿〉教育課程の自主編成とは──原論文への批判
- 1 はじめに/ 2 原氏の教科研批判と自主編成の見解/ 3 教科研「批判」への批判1/ 4 教科研「批判」への批判2/ 5 「自主編成論」への批判/ 6 おわりに
- U 「出口」「跳び箱」論争から教育技術法則化運動へ
- 一 私の現在を切り開いた投稿論文
- 二 実践記録をどう分析するか
- 三 教育研究の断章
- 四 教育技術法則化運動の誕生
- V 宇佐美寛氏と論争する
- 一 北海道の先生の宇佐美氏批判
- 二 私はそうは思いません
- 三 宇佐美氏への初めての便り
- 四 宇佐美氏の書評
- 五 宇佐美氏の書評にこたえる
- 六 公開授業へのおさそい
- W 大西忠治氏と論争する
- 一 出会いの背景
- 二 「借りものの批判」── 大西忠治氏の向山批判
- 三 どこが「借りもの」なのかお教え下さい(向山第一信)── 七年ぶりの異議申立て──
- 四 私信の性質上、うちうちの発言でした(大西氏第一信)
- 五 「批判内容」は生きているのですね(向山第二信)
- 六 借りたという意味ではありません(大西氏第二信)
- 七 「借りものの批判」と書かれました(向山第三信)
- 八 何年先になるかわかりませんが検討します(大西氏第三信)
- 九 理解いたしました(向山第四信)
- X 安彦忠彦氏と論争する
- 一 共感を覚えました(安彦氏第一信)
- 二 この手の表現が苦手です(向山第一信)
- 三 言葉のみで議論するのはよくないと思います(安彦氏第二信)
- 四 わずか数ミリの可能性に(向山第二信)
- 五 今とてもさわやかです(安彦氏第三信)
- 六 「出口論争」の補強論を(向山X信)
- 七 「出口論争」周辺の課題(向山Xプラス一信)
- 八 「研究」課題の周辺(安彦氏Xプラス二信)
- 日本教育史最大の出口論争から向山洋一はデビューしたの解説 /星野 裕二
第二期全集の発刊に寄せて
第一期一五冊は約一年で三版、四版、五版と増刷を続けている。
第二期の一五冊も、それぞれに思い出がある。
『子ども社会の差別とどう闘ったか』は、新卒から駆け出し時代の実践だ。
何もしないで自然に放置すれば、子ども社会は弱肉強食の社会となる。その社会構造は子どもには、宿命的に感じられる。
その弱肉強食の構造を破壊し、知的でのびやかな学級をつくろうとした実践である。
『プロは一文で一時間を授業する』は、教師一〇年目、向山が教育界にデビューしたときの一つの主張である。
短い一つの文で、三時間も五時間も、知的で熱中した授業ができるのかが、教育のプロであるという主張である。
「向山先生の授業通りやったら、私にも一文で五時間の授業ができた」という便りが、次々と届いた。
このような「実践」と「記録」のあり方が「法則化運動」へとつながっていった。
『「熱狂おかしの部屋」向山学級のイベント・パーティー』は、若い頃の実践である。
向山実践は、表文化と裏文化から成り立つ。
算数ができる。国語ができるというのは表文化だ。
しかし、子どもの中には「教室をお菓子のお部屋にしちゃえ」というような裏文化がある。裏文化によってこそ、子どもの根性も知恵も骨太にみがかれていく。「向山の裏文化論と実践」は、今後、深めていただきたいテーマである。
「向山型算数」は、私の退職五年前に完成された。池雪小に転勤して一年目、算数TTの授業をする中でつくりあげたのである。
学級担任にはない「授業時間のみで百パーセントやりとげる」という立場で、それまでの私の実践をやすりにかけたのである。
今期全集では「向山型以前」の「向山の算数」の授業をまとめた。
『豆電球(2年)の全授業記録』は、私の研究授業の記録である。
単元すべての授業をビデオにとった。
「おけいこ」のできる「一時間の研究」ではなく、「単元全部」の授業研究にも挑戦してほしいと思う。
法則化の先端は、一教科一年間すべての様子を記録しインターネット〈TOSSランド〉に毎日配信することである。
法則化中央事務局の前身、京浜教育サークルでの風景や卒業式までの別れの演出なども一冊にまとめた。
第二期の全集が、多くの方々に読まれればと思う。
二〇〇〇年三月三一日、私は小学校教師の職を辞した。
大森第四小学校(七年)、調布大塚小学校(一一年)、雪谷小学校(九年)、池雪小学校(四年)、多摩川小学校(一年)と、大田区で三二年間の教師生活を送った。
新卒時代から、退職の時まで、三二年間すべての実践記録、研究報告をまとめたのが、向山洋一全集である。
これまでの私の著作に『教室ツーウェイ』『教育トークライン』『向山型算数教え方教室』『ジュニア・ボランティア教育』誌などの論文を加え、未発表、新発見の実践記録をつけ足し、カテゴリー別に編集したものである。
したがって、一冊の本の中には、年度がかなり離れた文も入っている。
発表年度で分類したのではなく、カテゴリー別に編集しなおしたのである。
編集作業は、向山の弟子二〇名が担当した。
板倉(東京) 新牧(東京) 伴(長崎) 松本(鳥取) 小林(岡山) 岡田(岡山) 松藤(大阪) 星野(福島) 石川(東京) 井上(兵庫) 松岡(北海道) 木村(埼玉) 青坂(北海道) 戸井(愛媛) 高橋(福井) 木村(兵庫) 椿原(熊本) 吉田(福井) 樋口(福岡)以上である。
弟子とは、教育技能・教育思想を学ぶために取り入れた方法であり、日本の伝統的教育システムを取り入れてある。
弟子は十年以上法則化の活動を続け、たった一人でもその立場を守り通し、研究・実践にはげみ何冊かの本を発刊し、サークル、ネットワークを作り、その中心となった教師の中から、本人が強固な願望をもって弟子になることを願った人から選ばれる。
東京のTOSS事務所で何度かの合宿をくり返して、第二期向山全集を編集した。
読んでみて、面白かったら、役に立ったら、ぜひ、まわりの先生方にも、特に若い先生方に広めていただけたらと思う。
二〇〇〇年一一月五日 上海師範大学にて /向山 洋一
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