教育オピニオン
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問題解決的な授業の構造化で、「社会的な見方・考え方」を育てる
埼玉大学教育学部教授桐谷 正信
2016/10/1 掲載

1.「働かせる」ために育てる「社会的な見方・考え方」

 『教育科学 社会科教育』No.689(2016年9月号)でも言及したが、中教審の議論の過程で「社会的な見方・考え方」の位置づけが大きく変化した。
 2016年5月26日の中教審の社会・地理歴史・公民ワーキンググループの第13回会議までは、「社会的な見方・考え方」は「資質・能力全体の中核」(太字は筆者による)と位置づけられてきた。しかし、「資質・能力全体の中核」ではなく、「資質・能力」を育成するために「働かせるもの」に位置づけが変更となった。
 しかし、小学校3年から開始される社会科の授業において、児童に最初から「社会的な見方・考え方」が身に付いていて、「働かせ」られるわけではない。「公民としての資質・能力」を育成する中で、「育て」ていく必要がある。ただし、それは「公民としての資質・能力」を育成するために「働かせる」ことができるよう「育て」なければならない。つまり、社会科の学習の中で「生きて働く力」としての「社会的な見方・考え方」である。

2.「社会のしくみ」と「社会のしくみの意味・価値」の学習

 小学校学習指導要領社会の内容は、大きくは「社会のしくみ」と「社会のしくみの意味・価値」の2つから構成されている。
 例えば、学習指導要領の3・4年の「内容」の「(2)」には、「ア 地域には生産や販売に関する仕事があり,それらは自分たちの生活を支えていること」とある。これを整理すると、前半の「地域には生産や販売に関する仕事」は「社会のしくみ」にあたり、後半の「それらは自分たちの生活を支えていること」は「社会のしくみの意味・価値」にあたる。
 他にも、5生の「内容」の「(3)我が国の工業生産について,次のことを調査したり地図や地球儀,資料などを活用したりして調べ,それらは国民生活を支える重要な役割を果たしていることを考えるようにする」は、「我が国の工業生産」が「社会のしくみ」に、「それらは国民生活を支える重要な役割を果たしていることを考える」が「社会のしくみの意味・価値」となる(「調査したり地図や地球儀,資料などを活用したりして調べ」は学習方法にあたる)。
 この「社会のしくみ」と「社会のしくみの意味・価値」について学習する際に「働かせる」のが、「社会的な見方・考え方」である。
 しかしながら、3・4年の地域の生産や販売の学習では、生産や販売の努力や工夫を学習するが、自分たちの生活を支えていることについての学習は少ない。同様に、5年の工業の学習についても、工場で働く人の努力や工夫を学習するが、国民生活を支える役割についての学習は少ない。つまり、多くの授業では、「社会のしくみ」についての学習はしっかり展開されているが、「社会のしくみの意味・価値」についての学習は十分に行われていない。社会科の学習では、「社会のしくみの意味・価値」について考察することが重要なのである。
 このように整理すると、現在のところ、「社会のしくみ」を理解するために「社会的な見方・考え方」を「働かせる」学習は展開されているが、「社会のしくみの意味・価値」を理解するために「社会的な見方・考え方」を「働かせる」学習は、十分に展開されていないということになる。

3.「社会のしくみの意味・価値」を学習する問題解決的な学習の構造化

 ではなぜ、「社会のしくみの意味・価値」があまり展開されていないのであろうか。それは、「問題をつかむ」「調べる」「まとめる・いかす」という1サイクルの学習過程で問題解決的な学習を展開すると、「社会のしくみの意味・価値」まで届かない場合が多いからである。
 「社会のしくみの意味・価値」がわかるためには、その「社会のしくみ」がある程度わからなければならない。しかし、「問題をつかむ」過程では、まだ当該の「社会のしくみ」が十分理解できていない状態であるため、「社会のしくみの意味・価値」を追究する学習問題を立てることは極めて難しく、「社会のしくみ」を調べる学習問題を立てることが多い。そのため、1サイクルの問題解決的な学習では、「社会のしくみ」の理解にとどまってしまう場合が多いのである。
 そこで、「社会のしくみの意味・価値」を追究できるために、この10年ほど、埼玉大学教育学部附属小学校の社会科教師と協働で、2サイクルの問題解決的な学習の実践開発を続けてきた。多様な過程があり得るが、整理すると次の3つの型に大別できる。

(1)「問題をつかむ重視型」2サイクル

 「問題をつかむ重視型」は、「問題をつかむ過程」の中で問題解決過程を1サイクル行い、全体で2サイクル展開する過程である。子どもたちの目に見える問題を追究する中で、本当に追究すべき問題を発見し、そこから単元の中心となる「調べる過程」が展開する過程である。
 「問題をつかむ過程」の中で展開される1サイクル目の問題解決的な学習で、「社会のしくみ」について学習し、そのしくみの全体像を「問い直す」ことで、「社会のしくみの意味・価値」を追究する学習問題を立て、2サイクル目の問題解決的な学習が展開される。2サイクルの問題解決的な学習のほとんどは、この「問題をつかむ重視型」となる。

図@

(2)「調べる重視型」2サイクル

 「調べる重視型」は、「調べる過程」の中で問題解決過程を1サイクル行い、全体で2サイクル展開する過程である。調べていくうちに、関連する問題に気づき、調べ学習を広げていく過程である。
 1サイクル目の問題解決的な学習で、「社会のしくみ」について学習し、「調べる過程」の中で調べていくうちに、関連する問題として「社会のしくみの意味・価値」を問う問題に気づき、調べ学習を広げていく中で、「社会のしくみの意味・価値」を学習する形になる。

図A

(3)「まとめる・いかす重視型」2サイクル

 「まとめる・いかす重視型」は、1サイクルの学習の成果を基に、新たな学習問題を立てたり、別の地域や事象に転移させて学習を深化させたりする過程である。
 1サイクル目の問題解決的な学習で、「社会のしくみ」について学習し、2サイクル目では、別の地域や事象に転移させて、その「意味や価値」が改めて理解できる学習や、実際の社会に見られる課題の解決を志向する学習が展開される。

図B

 このように、2サイクルで問題解決的な学習を構想することで、「社会のしくみ」にとどまらず、「社会のしくみの意味・価値」について学習する単元構想が可能となる。そして、「社会のしくみの意味・価値」について学習するための「社会的な見方・考え方」を「働かせる」ことが可能となる。
 そのポイントは、1サイクル目と2サイクル目の結節点である「問い直し」である。1サイクルで獲得した社会認識を「問い直す」ことで、より深い「社会的な見方・考え方」を「働かせる」ことが求められる。そのような学習過程を重ねることで、社会科の学習の中で「生きて働く力」としての「社会的な見方・考え方」を「育てる」ことができるのである。

桐谷 正信きりたに まさのぶ

1967年 神奈川県横浜市生まれ
筑波大学大学院博士課程教育学研究科単位取得退学、博士(教育学)
埼玉大学講師、助教授、准教授を経て、現在、埼玉大学教育学部教授 東京学芸大学大学院連合学校教育学研究科教授(兼)
〈主な著書〉
・『市民教育の改革』(共著)(東京書籍、2010年)
・『新社会科教育の世界―歴史・理論・実践』(共編著)(梓出版社、2011年)
・『アメリカにおける多文化的歴史カリキュラム』(単著)(東信堂、2012年)

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