教育オピニオン
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数学的活動を組織化し促す「数理探究」の可能性
筑波大学教育開発国際協力研究センター長礒田 正美
2016/9/2 掲載

 図1の問をみて、「これって全国学力・学習状況調査と同じ?」と思えた方、筆者の言う「数理探究」の玄人かもしれない。玄人でない方は、まず、ペンを手に解いてほしい。

図1

図1

 解いたうえで、設題「図2と『同じ』図を図3の3つの挿絵から探しなさい。」に回答してほしい。 

図2

図2

図3 図3 図3
図3

 3つの挿絵で、真ん中の挿絵が同じと思えた方、いい線いっている。が、まだ見抜けていない。続く本文を最後まで読むと、筆者の真意がわかる。さあ、お愉しみ、お楽しみ。

 次期指導要領へ向けての審議まとめ(文部科学省2016年8月1日)は、学びに向かう力・人間性、思考力・判断力・表現力、知識・技能としての資質・能力を育成することを求め、主体的かつ対話的な深い学びとしてアクティブ・ラーニングを、また物事の本質を探り見極めようとする探究を強調した。特に、算数・数学科では数学的な見方・考え方、事象そして数学の数学化、疑問や問い、推測を重視することなどを求めた(脚注1)。それは、革新による生き残りをかけた鬩ぎ合いを展開することまでも持続発展と呼び、旧来と異なる世界共有価値を志向する国際的な教育改革動向とも同期する(脚注2)。
 タイトルに対する筆者の応えは、物事の本質という語で話題にすべき対象の範囲と、数理探究で取り上げるべき対象である。数学側からみて多少心配なことは、高等学校新科目は「理数探究」、理科のみに限定しかねないことだ。ここで言う物事とは理科が対象とする自然を超え、社会事象を含む。自然、社会を含んだ物事の探究こそが、数理探究の対象である。社会事象の本質を認めそれを前提に鬩ぎ合いに臨む。その状況を先んずる資質・能力がイノベーションをもたらすのである。そこでは、旧来の理科・社会だけでは教えない他者戦略と戦略立案に際しての数学利用を含めた未来動向予測をなし得る資質・能力が求められる。それは、米国の生き残り目的で提言され、海外の教育改革を席巻するSTEM(科学・技術・工学・数学)教育の範疇をも超える。そこまでが数学の対象である。
 数学的な理として数理はもとより理科事象に限る必要はなく、社会工学にみる大規模データの活用など持続発展に寄与する数学利用も視野に含む。かような意味での世界の本質を見極める数理探究で取り上げたい数学の本質とは、視覚・感覚などで直接具象化し操れるメカニズムを数学的に表象すること、数値データと記号を変数とグラフで因果的に操る関係的と蓋然的推論、その操作・推論を自律化する演算・形式化されたプログラミングに通じる分析された論理図式である。と同時に、その探究で学ばれるべきことは、ことの本質をAha体験する際に求められる、対象を再組織化することで育成し得る数学的な見方・考え方である。
 もとより数学は物事の本質的構造を表象し制御する言葉である。古代ギリシャでは、音階をなす音律を比で、天球面上に貼り付いた星々の距離を見込む角で、遠近法の奥行を反比例で表象し、音楽を、カレンダーを、絵画を統御した。黄金比で表象された再帰的な美の法則によって建物を建設し、彫刻を刻み、数理によって統御された対象に人々は調和を認めた。数学が世界の調和を総称し、イデアを確信する方途であればこそ、数学はアカデメイアの入学要件だった。十字架から見下すキリストの目線に慈愛と救いを求めた中世を超え、ダビンチ、ガリレオ、デカルトの営みに象徴されるルネッサンス・近代は、神の創り賜うた自然を人間目線としての数学的摂理で表象せんとした。近代科学技術のもと、数学はその役割を再び獲得する。それは、視覚的に表象し得るメカニズムを基盤とした大戦期まで追究された機械文明の源となる。その機械文明は、幾何に加えて関数・微積分など変数で制御する文明を生む。電気文明は見えない変数・記号を視覚化するグラフ表現を生み、その後起きるデジタル革命は、プログラミングによる論理制御により推論と機械制御の自動化を実現する。
 重要なことは、かように進化し発展し続ける数学理論は、それぞれの個別理論に固有な直観と論理、理論に固有な数学的な見方と考え方を備えていることである。それを他理論で安易に代替し得ると考える旧来の数学的発想こそ、全くの誤りである。と抽象的に記しても、読者はどのような具体で、その固有な見方・考え方を説明されるのだろう。

 最初の話題にもどろう。図1・2は1943年の教科書(文部省)、図3は1646年の数学書(Schooten)からとった。5つの図は、機構(メカニズム)としては同じである。同じと思えない方も、3つの挿絵の中の左の図にある点A、点B、点C、点Dは、真ん中の図のどこにあるだろうか、点Bが欠けている。点Bはどこにとれるだろうか。右の図ではどうだろう。点Dが欠けている。点Dはどこにとれるだろうか。
 これら図が同じ1つの構造を表すとわかった方は、それが同じであると説明するのにどのような理論を使うことだろう。一度同じとみなせるようになると、なぜ、このように単純なことが最初は見通せなかったのかと思われるようになる。そこに、相手の考えがわかるAha体験があり、数学的な考え方が生む卓越した合理性がある。一度、その考えができると見えてくる。やがて、見えない人の気持ちがわからない様態にまでなる。それこそが再組織化だ。読者はこの設題でそれを体験できただろうか。体験できたならば、この場合のメカニズム、グラフ表現、論理を制御する直観と論理が初等幾何にあるということの本質を見抜いたに相違ない。筆者はかような事例群を著作の中で具体的に示してきた(脚注3)。
 もちろん、先生は解けて当然。生徒が自らそれを実践しようとする、その人間性まで培うためのAha体験を仕組んだ設題とその系統を示すことが我々に期待されている。何よりも読者の応えに期待したい。

脚注1:これら記述は筆者がアドバイザを務めたASEAN教育課程標準ワーキングペーパ(4月ASEAN教育大臣会合で承認、7月にASEAN教育大臣会合センター長会合で公開)とも一致している。数学教育史上、「数学化」は数学・理科融合の文脈で戦中に提出され、現代化期にはFreudenthalが数学的活動を表象する意図で用いたことで知られている。「求められる資質・能力」は、態度、内容に依存しない考え方、内容に依存した考え方という形で片桐重男が80年代に定式化した能力構造とも合致する。筆者自身は、『思考・判断・表現による『学び直し』を求める数学の授業改善―新学習指導要領が求める対話:アーギュメンテーションによる学び方学習』『思考・判断・表現による『学び直し』を求める算数の授業改善―新学習指導要領が求める言語活動:アーギュメンテーションの実現』(明治図書2008、2009)で示した持続発展観の基で、『中学校数学科 つまずき指導事典』(明治図書2014)、『算数・数学教育における数学的活動による学習過程の構成』(共立出版2015)、片桐の数学的な考え方のスペイン語訳・第二版(チリ大学出版2016)などで、その能力構造を提案した。その提案が、ASEANで公文書化された。

脚注2:既存ビジネスモデルを打ち砕く革新は今日では経済成長の常態である。国連・ユネスコが定める17の持続発展目標SDGsは壊滅的な鬩ぎ合いを制御し豊かな未来を実現する未来志向価値である。例えば、到来するAI型電気自動車時代には、家電同様、自動車会社も再編される。社名テスラモーターズは、エジソン型直流電流配線を覆したテスラ型交流配線のテスラによる。他を排する革新によって自社が成長する。かような革新に対して、国際共有すべき利益、心豊かな社会実現への未来志向価値基準がSDGsである。国際法を持ち出しても二国間問題と応える。専横の正統性を認めさせんとロビーに長ずる。持続発展目標SDGsという国際価値を教育する必要は、それら基本的アーギュメントを事前予測し予め制御する資質・能力を備える必要にある。他者のアーギュメントをメタ的に制御する未来型価値基準を先導策定することで安全保障も実現する。持続発展目標は、暴走を制する価値基準としても機能せんとするものである。APEC授業研究プロジェクトでは、エネルギー問題を事例に他国の教室と日本の教室を結び、相互の立場の相違を数学上の解答の共有のもとで議論している。

脚注3:『教育科学 数学教育』連載「道具に見る数学と文化」(2003.4-2005.9)、『曲線の事典―性質・歴史・作図法』(共立出版2009).数学の歴史博物館(フラッシュ、Javaを使用しています。ブラウザFirefoxで、「閲覧可」とした場合にご覧いただけます)。
http://math-info.criced.tsukuba.ac.jp/museum/dbook_site/dbookEng_with_DGraph_20...

〈引用・参考文献〉
・文部省(1943). 數學. 中學校用,3, 第二類. 中等学校教科書会社
・Schooten, F.(1646). De Organica Conicarum Sectionum in Plano Descriptione.
Elsevirii.
・文部科学省教育課程部会 教育課程企画特別部会(第19回) 配付資料http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/053/siryo/1375316.htm
・SEAMEO(2016). SEAMEO BASIC EDUCATION STANDARDS(SEA-BES)– COMMON CORE REGIONAL LEARNING STANDARD(CCRLS)IN MATHEMATICS: A WORKING PAPER. SEAMEO-RECSAM.
・国連持続発展目標
https://sustainabledevelopment.un.org/sdgs
・礒田正美・田中秀典(2009). 思考・判断・表現による『学び直し』を求める算数の授業改善―新学習指導要領が求める言語活動:アーギュメンテーションの実現. 明治図書
・礒田正美・笠一生(2008).思考・判断・表現による『学び直し』を求める数学の授業改善―新学習指導要領が求める対話:アーギュメンテーションによる学び方学習. 明治図書
・礒田正美・小原豊・宮川健・松嵜昭雄(2014). つまずき指導事典.明治図書
・礒田正美(2015). 算数・数学教育における数学的活動による学習過程の構成.共立出版
・Isoda, M., Katagiri, S.(2016). Pensamiento matemático : cómo desarrollarlo en la sala de clases, 2a ed. Universidad de Chile.
・礒田正美, Bussi, M.(2009). 曲線の事典―性質・歴史・作図法. 共立出版
・礒田正美(2003-2005).連載:道具にみる数学と文化. 教育科学 数学教育(2003.4-2005.9)
・数学の歴史博物館(フラッシュ、Javaを使用しています。ブラウザFirefoxで、「閲覧可」とした場合にご覧いただけます)。
http://math-info.criced.tsukuba.ac.jp/museum/dbook_site/dbookEng_with_DGraph_20...

礒田 正美いそだ まさみ

筑波大学教育開発国際協力研究センター長、人間系教授、博士(教育学):早稲田大学、名誉博士(数学教育学):コンケン大学、名誉教授:イグナティウスロヨラ大学、アジア太平洋経済協力APEC21ヶ国授業研究プロジェクト代表者(2006〜)、文部科学大臣賞(最優秀ソフトウエアの部:2005)、全国書籍出版協会理事長賞(自然科学部門:2010)、国際誌ESM、ZDMをはじめ、英語・スペイン語等各国語による著作多数。


 【著書一覧】
 和書:https://www.amazon.co.jp/%E7%A4%92%E7%94%B0-%E6%AD%A3%E7%BE%8E/e/B004L9OPC0/
 洋書:https://www.amazon.com/Masami-Isoda/e/B004L9OPC0/


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