教育オピニオン
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新任教師を支えるシステムづくりを
初めての教育現場で抱える困難感と効果的な支援例
共栄大学教育学部教授和井田 節子
2016/4/1 掲載

 新任教師が苦労する事象を表す「リアリティ・ショック」という言葉がある。初めての教育現場で抱える困難感をさす言葉である。
 筆者は研究グループを組んで、ここ数年、初任教員の適応や成長支援についての調査を行ってきた。全国67都道府県政令指定都市のうち、39の教育委員会の初任研担当者から聞き取りを行ってきた。また、初任教員からも継続的に聞き取り調査を行ってきた。
 その結果から、困難を感じている新任教師をどう支えるかを考えたい。

1. 困難の時期と支援例

 新任教師への聞き取り調査をする中で、時期によって、困難感が変化することがわかってきた。以下に、新任教師に典型的な状況と困難感を示したい。

4月…学校に慣れたい
 新任教師は、希望にあふれている。周囲の教師たちも、わからないことは尋ねれば丁寧に教えてくれる。この時期は、勤務している学校の文化を理解しようとする時期である。
 しかし、教員同士で使っている言葉で、わからないものがたくさんある。教育用語だけでなく、その学校独自で使っている略語もある。質問し始めると、何もかも尋ねる感じになるため、あとで尋ねようと思ううちに尋ねそびれてしまう。また、この学校のやり方として言われているのか、教師だからなのか、それとも社会人としてなのか、あるいは新任教師だから言われているのか、ということがわからない。
<効果的な支援例>
 若手の先輩がアドバイスする場面をシステムとしてつくる。先輩自身も同じ経験をしたばかりなので、新任教師が何に困っているかが理解しやすく、新任教師も質問しやすい。

5月…新任教師にとっての最初のピンチ
 「リアリティ・ショック」が顕在化する時期である。5月になると、学校全体が忙しくなる。新任教師にわからないことはまだたくさんあるが、周囲の教師も忙しそうで、質問しづらく、自分で考えて判断する場面が増える。
 児童・生徒の方は、新しい先生にも学級にも慣れてきて、教師から見るとわがままな言動が増えたと感じる場面が噴出してくる。最初は席が近い者同士で仲良くしていた児童・生徒が、やがて気が合う者同士で仲間をつくり直す作業が進むのが5月であるため、仲間から孤立するなどのトラブルが起きやすい。そこで、児童・生徒の人間関係の調整や、授業規律の立て直しを試みるが、うまくいかないことも多く、悩んでしまう。
 ベテラン教師にアドバイスを求めると、よい意見は聞けるのだが、ベテランだからできるような内容で、とてもうまくできそうにないと思えてしまう。中学・高校は、部活指導が本格的になる。若い新任教師は、運動部顧問として土日も部活指導に出る状況になることも多く、疲れがたまってしまい、教材研究が追いつかなくなってくる。
<効果的な支援例>
○精神的支援
 システムとして、新任教師は全員、5月中旬から6月に一度スクールカウンセラーに話を聞いてもらうようにする。学校の様子がわかるが、教師ではなく、秘密を守ってくれるスクールカウンセラーに話すことで、問題が整理されることが期待できる。子どものことで悩んでいるので、そこでスクールカウンセラーと子ども理解につながる相談をすることになる場合も多いが、それも問題解決につながり、効果的である。
○具体的支援
 周囲の教師が単元を見通した授業案を一緒に考える。新任教師の授業を見ることができる場面では、授業技術だけでなく、一人ひとりの児童・生徒がどの場面でどのように理解し、学んでいたかを伝える。新任教師は、自分が授業を行うことに夢中で、あまり目立たない児童・生徒がどのように学んでいたかということを看取ることが難しい。そこを補うように伝えると、児童・生徒をどのように見ていけばよいかがわかってくる。

6月…ピンチが続くとかなり苦しい
 6月には様々な学校行事がある。集団全体を動かさなければならないことが増えてくる。5月のリアリティ・ショック時に適切な支援があり、子どもとの関係がつくれて、大変ながらも課題の解決が見えてくると、新任教師は段々落ち着き、6月の終わり頃には学級が安定の方向に向かう。一方、コントロールがきかない児童・生徒が複数出たり、授業が落ち着かないなど、解決が見えない場合、学級の問題が顕在化し、保護者からの問い合わせや要望が増えてくる。
<効果的な支援例> 
 まず周囲は、新任教師はうまくいかなくて当たり前、という前提に立つ。そのうえで、新任教師を孤立させないことが最も大切である。
○精神的支援
 眠れているか、ちゃんと食べているかを見ていく。あまり寝ていないようなら、事務仕事などの減らせる仕事から減らす配慮が大切である。新任教師は、自分で仕事の軽重を判断できない。言われたことはすべてベストを尽くさなければならない立場に置かれていることもある。精神疾患で離職する新任教師の多くは、この時期に病休や休職に入っている。どの仕事も大切ではあるが、授業と学級に集中できるように仕事を組み直してあげることは、周囲のベテラン教師にしかできないことである。
○具体的支援
 ベテラン教師の出番である。授業の振り返りなどの場面で、子どもの不適切な行動の背景にあるものを一緒に探るようにする。新任教師に見えている子ども像が「困った子ども」から「困っている子ども」、「ユニークな子ども」に変わってきたら、解決の糸口も見えてくる。保護者との対応は、新任教師一人に任せず、複数で対応する。

7月…夏休みが見えてきて、少し楽になる
 成績評価が終わると、夏休みである。子どもも少し落ち着く。6月にピンチだった新任教師も、ここで少し持ち直す。
<効果的な支援例>
○精神的支援
 子どもとの関係がうまくつくれなかった場合、夏休み前のこの時期がチャンスである。一緒に遊ぶなど、子どもとともに活動する場面を提案したり、活動をよい方向に意味付けることができたりするのは、周囲の教師である。孤立感や無力感に陥らないサポートを工夫したい。
 また、初任研で忙しいということはあるが、今抱えている課題解決に役立ちそうな夏休みの研究会などを紹介することも有効である。
○具体的支援
 成績評価をサポートする。

9、10月…第2のピンチ
 夏休み中に友人と話し合ったり、見聞を広めたりとリフレッシュした新任教師の多くは、夏休みに学級や学校から離れたことで、少し距離を置いて見られるようになり楽になったと言う。
 6、7月のピンチが解決していれば、子どもとの関係も深まり、9月から10月にかけてたくさん配置されている学校行事も、子どもたちの成長によい影響を与えていく。しかし、気が付くと授業が遅れてあわてて進めたりということがよく起こる。
 しかし、6、7月で課題が解決できていない場合、9月以降はかなり大変になってくる。体調を崩し、再び休職に入る事態も起こるのが9月から10月にかけてである。
<効果的な支援例> 
 6月の様子次第では、9月も大変であることを予想し、最初から学校・学年全体でサポートできる体制を準備しておくことも考えておきたい。
○精神的支援
 年の近い先輩の助言や支援はよいサポートになる。眠れない、食べられないという状況が続く場合は、できるだけ早く医療機関を受診することを勧める。
○具体的支援
 12月までの授業の見通しや、行事を学級づくりに活かす視点を伝える。新任教師の状態次第では、部活動の負担を軽くして休養がとれるようにする。

12月以降…1年が見えてきて、少し楽になる
 12月になると、新任教師も3月まで見通せるようになってくる。初任研を受けている場合は、それも終わりが近付き、落ち着いてくる。
<効果的な支援例>
○精神的支援
 学級の終わり方について一緒に考える中で、新任教師だからできたことを具体的に伝えて勇気付ける。
○具体的支援
 次年度のクラス替えを考慮に入れて、学年単位での活動を増やし、子どもも新任教師もクラスを越えて触れ合えるようにする。

2. 支援する側の課題

 団塊の世代の大量退職が続く中、新任教師の採用は増加し続けている。その増加を受け、中堅のベテラン教師に仕事が集中し始めている。
 社会の学校への期待が大きくなり、学校は子どもにかかわる多くのことを引き受け続けている。学校の教員には非常勤講師や常勤講師も多く、毎年大変な数の人事異動があるのが公立学校の現状である。
 1つの学校に3年以上いるベテラン教師は、学校の要として、新しい教員のケアやサポートをしつつ、大量の仕事をこなさなければならない状況になっているのである。平成26年度で最も病気休職の割合が多い教員の年代は50歳代、次が40歳代である。最も少ないのが20歳代なのである。
 新任教師を支えるシステムは、ベテラン教師が幸せに仕事ができる学校システムとも密接に関わっている。
   
 困難を解決してきた知恵と歴史は、教育実践研究などのアカデミックな世界に蓄積されている。勘と経験だけでなく、教育や心理の理論や研究成果を知ることは、問題解決の近道であったりもするのである。

和井田 節子わいだ せつこ

 九州出身。熊本大学法文学部卒業。筑波大学大学院教育研究科修了。
 公立高校国語科教諭、スクールカウンセラー等を経て、2009年より名古屋女子大学文学部准教授、2011年より共栄大学教育学部教授。
 専門は、学校臨床学。教育相談。カウンセリング等の心理科目や、さまざまな演習科目の授業も担当。地域では、特別支援教育巡回支援員としても活動している。また、教員研修・協同の授業づくり・特別支援教育の相談等で、多くの学校や教育委員会との連携も行っている。
 著書は、『教育相談係どう動きどう楽しむか』ほんの森出版(2005年・単著)、『協同の学びをつくる』三恵社(2012年・編著)、『東日本大震災と学校教育』かもがわ出版(2012年・共著)、『「学びの共同体」で変わる!高校の授業』明治図書(2013年・編著)、『「学びの共同体」の実践 学びが開く!高校の授業』明治図書(2015年・編著)など。

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