教え方ライブで聞いたあの向山フレーズ3
「あの一言」がすごい授業をつくった

向山 洋一・師尾 喜代子 編

まえがき

1 リズムとテンポを意識することで変わってくる授業(冒頭)

2 あなたは「□に二画をつけ加えて漢字をつくりなさい」を授業出来るか(冒頭)

3 たかが赤鉛筆、されど赤鉛筆(冒頭)

4 子どもの学習活動を大切にする優れた教育技術!!(冒頭)

5 授業全体をシステム化する(冒頭)

6 「うまくいかない」のは、「駄目」なのではない。成功への一つのステップにすぎない(冒頭)

7 衝撃の「そっくりそのままノートに写しなさい」(冒頭)

8 私の歴史認識を根底から覆した向山先生のフレーズ(冒頭)

9 「説明をするな。説明をすればするほど子どもは分からなくなる。」(冒頭)

10 「教育界の大変革」で進むべき道が決まった(冒頭)

11 「驚く」ことまで含めて、『あかねこ計算スキル』のユースウェアーである(冒頭)

12 それまでの自己否定から教師修業は始まる(冒頭)

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まえがき

   人は、それぞれの場所から授業に目覚める

 「これまでの自分の指導は、全くデタラメだった」というショックを受けた人は幸せである。
 その後の人生には、「のぼり坂」しかないからである。
 我流の指導は、ほとんどデタラメだ。
 我流とは、「研究授業五十回以下」「身銭を切ってライブで学ぶこと五十回以下」「サークルなど自主的研究グループへの文書提案百回以下」の人を言う。
 学ばない人には、我流の指導法が次々と発生していく。
 我流の指導法は、最初から最後まですべて駄目だ。どこか部分的に良いということはない。
 良い授業は、最初から最後まですべて良い。一流のフランス料理、一流の懐石料理が最初の一品からラストまで、すべていいのと同じだ。
 良い授業は、最初の十秒で授業に突入し、子どもの心をわしづかみにする。駄目な授業は、毎時間「これから○時間目の授業を始めます、礼」などと、形式的儀式にうつつをぬかしている。
 良い授業は、流れがシンプルで美しい。駄目な授業は、ゴデゴテ、グタグタしている。
 良い授業は、説明が短い。十秒、十五秒という簡潔さだ。駄目な授業は、説明が長い。三十秒、一分、一分三十秒という長々しさ。二分、三分というウルトラ駄目もある。説明が長ければ、分かる子も分からなくなる。
 良い授業は、チャイムで授業が終わる。駄目な授業はチャイムが鳴り終っても一分、二分と授業がのびる。時には三分五分とのびるものもある。五分以上は犯罪行為に等しいが、そんな教師もいる。
 私は三十二年間の教師生活全体を通じて、一分でものびた授業は十回程度しかない。許せる範囲は、一年間に一回程度だ。
 良い授業は、良い授業の条件をすべて有しており、駄目な授業、駄目な教師は、駄目な条件を全部持っている。駄目な教師の授業は最初から最後まで、全部駄目なのである。
 本シリーズは、私のライブに出席した教師が、自分の我流、自分の駄目さに目覚めた瞬間である。
 人によって、目覚める場所は違う。一つに目覚めて、次々と全体が分かっていくのである。
 どこで目覚めたのか、それは「向山のあの一言」に凝縮される。
 多くの人にとって、役立てばと思う。
 できたら向山のライブへ、それがかなわなければサークルで学ぶことをすすめる。せめてMLでの学びは必要だ。どなたでも、心から歓迎する。

  二〇〇二年五月十日   /向山 洋一

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1 リズムとテンポを意識することで変わってくる授業(冒頭)

   山口県徳山市立徳山小学校 /瀧本 乘俊

 我流が入ってはだめです。そっくりそのままするのですよ。

 ライブで伝わってくるもの、それは、その場の雰囲気、その時のリズムとテンポ、声の調子、優しさ、などなどである。
 その伝わってきたものをそっくりそのまま、まねをしてみた。
 しかし、大失敗であった。
 自分の声をテープにとって聞いてみる。
 向山先生の授業と比べ、直していく。
 そうすることで授業が変わってきているのである。
 一度だけでは絶対分からない何かがそこにはある。

1 変わってきたこと
(1) あっという間に終わる授業―教師の場合―
 「丸付けが終わった人は、シールを付けなさい。」
 「まだ計算している人は、やめて。答え合わせをしなさい。」
 教室から授業の緊張が解けてくるのが分かる。
 良い授業、リズムとテンポのある授業ができたなと思うときに感じる雰囲気である。
 ふと時計を見る。
 「十一時十分かぁ。」
 子ども達の方へ戻そうとしていた視線が思わず時計に戻る。
 「十一時十分!」
 我が目を疑った。
 そんなはずはない、授業が始まってから二十五分しか経っていないなんて。
 だが時計は、十一時十分を指している。
 二十五分で予定のところまで終わらせてしまった。
 決して無理にではない。

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2 あなたは「□に二画をつけ加えて漢字をつくりなさい」を授業出来るか(冒頭)

 ―向山式学習システムに学び「漢字文化」の授業を創る―
   岡山県津山市立東小学校 /小林 幸雄

1 熱中させる授業には、研ぎ澄まされたシステムがある
 「□に二画をつけ加えて漢字を作りなさい」という有名な向山実践がある。
 このゲームの素材自体は、向山氏オリジナルではない。
 漢字パズル関係の書物には、必ずと言っていいほど載っているものだ。
 しかし、この素材が、向山氏の手にかかると、魔法がかかったように熱中するゲームへと一変する。
 このことを実感したのは、二〇〇〇年七月八日、山口の向山洋一教え方会場であった。
 冒頭、向山氏は、次のように述べた。

 「『□に二画をつけ加えて漢字を作りなさい。それを板書しなさい。』では、単なる素材でしかない。
 教師にとってシステム化が必要なのです。授業とは、組み立てることなのです。」(※小林メモより)
 また、このことを、向山氏は次のように述べている。

 有名な向山実践に「□に二画をつけ加えて漢字を作りなさい」がある。(略)
 しかし「これを授業できる人は、そんなに多くはない。普通の人なら、百点満点で一〇点以下だろう。とりあえず、ノートに書かせて、発表させていく……というのでは、話にならない。
 まあ、三点がいいところだ。(『教室ツーウェイ』 明治図書 二〇〇〇年十一月号編集前記)

 では、いかなるシステムを作るのか、向山氏は次のようにおこなった。
 「□に二画を付け加えて漢字を作りなさい。できるだけたくさん書いてごらんなさい。」
と指示し、しばらくして、向山氏は左記の評価基準を示した。

 九個…三年生レベル、  十二個…四年生レベル、  十五個…五年生レベル  一八個…六年生レベル、  二十一個…中一レベル

 この数値が俄然、子どものやる気を引き出す。
 この後が圧巻だった。

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3 たかが赤鉛筆、されど赤鉛筆(冒頭)

 向山型算数で学級を統率する
   佐賀県山内町立山内東小学校 /和嶋 一男

1 神様が「法則化との出会い」を設けてくれた
 教師になって四年目の秋だった。
 今でも、時々あの職員室の光景を思い出す。
 私は空き時間で職員室にいた。他にいたのは、教務の先生、教頭先生だった。
 漠然とした不安・焦りを抱いていた。
 「教師も大したことないな。一年間の流れはだいたい分かったし、俺も年をとったらあの教務の先生や教頭先生みたいになるのか。なんかさびしい。なんか何かこう燃えるようなものはないのか」
 それからいくつかの教師の勉強会に参加するようになった。しかし、話を聞いた時はやれそうな気になるのだが、いざ、教室でやろうとするとうまくできなかった。
 今思えば、どのような言葉で指示や発問をすればいいのかがあいまいだったので教室で追試ができなかったのである。
 それから一年後、神様は「法則化との出会い」を設けてくれた。
 「一気読み」である。『授業の腕をあげる法則』『続・授業の腕をあげる法則』『子どもを動かす法則と応用』『教師修業十年』(明治図書)の本はすべて「一気読み」であった。
 読み始めると止まらなくなり、読み終わってから寝ていた。二時とか三時まで読んでいた。
 講座もオール九州in熊本や二十代講座in福岡に参加し大いに刺激をうけた。
 サークルにも参加し、学級通信やレポートを検討しあった。
 今年で、法則化に学び、実践にうつして十年目に入る。
 ここ2・3年でやっと、授業や学級経営でも曲がりなりにうまくいくようになってきた。
 法則化に入って、二年目から五年目がきつかった。五年生→六年生、五年生→六年生を持ち上がった。

2 学級を統率できていない
 どうしてうまくいかなかったのか。今思えばズバリ学級を統率できていなかったことにつきる。ある時は厳しくするがある時にはあまい接し方をしていた。一貫性がなかったのである。
 担任として責任感が今一であった。一年間で子どもたちの力を伸ばすぞとは思っていたがそのためのポイントをはずしていたのである。

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4 子どもの学習活動を大切にする優れた教育技術!!(冒頭)

   愛知県尾張旭市立瑞鳳小学校 /姫岩 弘治

1 教師の言葉は少なく、子どもの学習活動を多く!!
 向山氏は言う。
 向山先生の「あの一言」 bP
 (教師の)言葉を十分の一に削れ!!

(1) こんな効き目があった
 ・授業にリズムとテンポをもたらした。
(2) 言葉を十分の一に削る具体例
 ・「言葉を十分の一に削れ!!」と言われても、何をどう削るのか分からなかった。しかし、向山氏の教え方教室に参加して、「なるほどこのように削るのか」と目からウロコが落ちた。以下、「ある教師の我流指示」と比べてみることにする。百玉そろばんの実践場面を例に述べる。
 (ある教師の我流指示) (私のコメント)
1 百玉そろばんをやりましょう! ………→ 実物を見れば分かる、早く始めればよいのに!
2 最初に  1とびを やりましょう!
3 いいですか? ……………………………→ どうしてもこのような確認をしてしまう。
A:○○君、いい? …………………………→ さらに、個人へ注意を。
4 さん、はい!
B:とっても上手ですね! …………………→ ほめるのはよいが、もっと短く!
5 次に 2とびを やりましょう! ……→ 「何とび」をやるのかが分かればよいのに!
6 いいですか? ……………………………→ いちいち確認しないと気が済まない!
C:○○さん、いい? ………………………→ 他の子がよそ見をしたので、注意する。
7 さん、はい!
D:もっと声をそろえないとだめよ! ……→ テンポがないので、だらけてきたのに!
8 今度は 5とびを やりましょう! …→ 「何とび」かが分かればよいのに! くどい!
9 いいですか? ……………………………→ いつまで同じ確認をするのか?

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5 授業全体をシステム化する(冒頭)

 向山実践に学ぶサッカーの授業構成
   岡山県久世町立遷喬小学校 /白石 周二

 向山実践を追い求めるうえで欠かせない向山フレーズがある。

 学習システムを組め

 向山氏は「教師の仕事は『学習システム』を作るのが第一で、『教える』のは第二であると思っている」と言われる。この思想のもとで数々のすばらしい実践、珠玉の教材群が生まれてきたのは周知の事実である。
 向山式指導法をより有効に活用していくためには、授業全体をシステム化することがポイントとなる。

1 バスケットボール練習の追試から学ぶ
 学習システムのすばらしさを実感した追試がある。教え方教室Q&Aで知ったバスケットボールの指導法である。向山氏は次のようなドリブルの練習方法を紹介してくれた。
 「コートの中をドリブルで動き回る。一人のボールを教師が取り上げる。自ずとボールを取り合う競争の場面が生ずる。ボールを取り上げるごとにコート内の動きが活発になる。ボールが取れない子へは教師がボールを渡してやればよい。またゲームに参加することができる。」
 なんとシンプル。しかも運動が苦手な子への配慮もきちんとされている。すぐさまやってみたいと感じた。
 実際にこのドリブルのゲームを追試してみた。コート内は予想通り活性化し、すべての子が参加した状態になった。
 この実践を追試して感じたことが二つある。一つは、

 システム化することで子どもの活動が変わる。

 向山氏の体育授業はいくつかの選りすぐりのパーツで組み立てられており、このドリブルの練習方法は、授業の一パーツなのであろう。きっと授業全体が「全員が活発に動く」「苦手な子もしっかり参加できる」この二つの要素を含んだパーツによって構成されているのではないかと感じた。

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6 「うまくいかない」のは、「駄目」なのではない。成功への一つのステップにすぎない(冒頭)

   三重県名張市立名張中学校 /福島 雅一

1 まずは、授業から
 向山先生は、授業について、次のようにおっしゃる。

 まずは、授業が学級崩壊を立て直す第一歩。
 知的な、楽しい、わかりやすい授業をする。
 その次に子ども達を統率する。統率で最も大切なのは、責任感。これ一つ。
 全体に同じ目標を与え、方向を示す。

 今までの考えが、180度転換した。今までは、統率である生徒指導がまずあって、授業が成立する、という認識であった。
 私は、向山先生の一言に出会うまでは、教師が子どもを統率し、普段どおりに授業していれば、子ども達は、授業を聞くものだ、と考えていた。
 だから、授業が成立しなかったり、学級崩壊になったりすると、何とか「しつけ」「授業規律」など統率面をやかましく言い、その方面で対策を講じることを考えてきた。
 生徒指導を厳しくやれば、学級崩壊を防ぐことができる。崩壊すれば、なんとか生徒指導で立て直そう、という発想。これでは授業が良くなるはずがない。
 子どもを抑えよう。甘く見られないようにしよう。なめられないようにしよう。大きな声で注意しよう。それでも聞かなかったら、どなろう。この考えからの脱却をめざした。
 授業を知的で、楽しく、わかりやすくすると、統率を意識しなくても、子ども達は授業を熱心に聴き、学級崩壊とは無縁であった。子ども達が、子どもらしく、とても可愛く見えてきた。
 向山先生の言葉は、正にその通りだったのである。

2 リズムとテンポから
 まず、自らの授業を変える第一歩として、大切なのが

 リズムとテンポである。

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7 衝撃の「そっくりそのままノートに写しなさい」(冒頭)

   福島県福島市立蓬莱小学校 /大堀 真

1 衝撃の一言
 一九九九年十一月三日、福島県郡山市で行われた「向山洋一教え方教室」で聞いたその一言は衝撃であった。それは私が想像もしなかった指示であった。
 小学六年生、立体の学習の導入である。向山氏から示された問題は単元のとびらの絵と図をどう授業するかということであった。向山氏は、絵の方は何があるか確認するだけで十五秒で終わると言われた。
 問題は図のほうである。四角柱・四角錐・三角柱・三角錐・円柱・円錐・五角柱・五角錐がならんだ図である。下に吹き出しがあって「上のような立体はどのような仲間に分けられますか」と書いてある。
 数人が答えた。誰も正解しない。向山氏は次のような意味のことを言われた。
 「教えるな、説明するな。指示だけで、どう言えばいいのか?」
 私は苦し紛れに次のように答えた。
 「教科書を逆さまにしなさい。」
 向山氏は、その瞬間「カッコイイ!」と言われた。「いいセンスだ」とも言われた。でもこれは正解であるはずはなかった。幾人かが答えたあと、向山氏は次のように言われた。

 立体の絵が1から8まであります。その絵をそっくりそのまま写しなさい。

 衝撃だった。向山型算数ではとびらの絵も授業するとは知っていた。しかし、このような一言は想像もしなかった。そして、向山氏は次のように解説された。

 写している時に子どもはいろんなことを考えるのです。

 実際に正確に写そうとしてかいてみると、やっているうちにいろんなことを考える。その結果として八つの絵を写し終わるころには「錐」と「柱」の違いに気づくのである。
 このときの教え方教室から二年の月日がたった。しかし、この場面は今なお鮮明に覚えている。
 それほど衝撃的な一言だった。
 絵や図をそっくりそのまま写すという極めて明確な作業が子どもに確かな学習を保証している。

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8 私の歴史認識を根底から覆した向山先生のフレーズ(冒頭)

   兵庫県滝野町立滝野南小学校 /谷 和樹

1 普通の資料でここまで出来るのか―「北方領土」の授業
 京都で行われた社会科フォーラムでの向山先生の授業は、私にとってあまりにも衝撃的であった。私の社会科授業の研究方向は、それ以後大きく変化した。
 一九九八年四月十九日。
 『有田和正VS.向山洋一立会い授業&京都フォーラム』と銘打たれた「新しい社会科をつくる会」主催のイベントである。この時の授業で、向山先生は「ペリー来航をめぐって」の授業をされた。今ではTOSSで社会科を志すものなら知らない者はいないほどの有名な授業である。ペリー来航の時の日本人の対応を授業化された。
 この授業の中で、私が最も衝撃を受けたのは、その導入の部分であった。
 この時、向山先生は授業の導入の組み立てを直前に変更されたと伝えられている。その導入は、誰もが意表をつかれるものであった。
 向山先生は、まず最初に、
 「エリツィンがきた」
とおっしゃったのである。そして、エリツィン大統領の顔写真が大写しになっている新聞の一面を示された。その当時、まさにロシアのエリツィン大統領が来日しているさなかであり、極めてタイムリーな話題であった。
 そして、次のように発問された。

 北方領土が日本のものであるということを、先生方は生徒に教えると思うのですが、どの程度日本のものであるかという根拠を示してお答えいただきたい。五種類言いますので挙手してください。
 一番目、北方領土は絶対に日本のものである。一〇〇%根拠があると思う人です。
 二番目、根拠はあるが、若干弱い部分もあるので、九〇%程度は日本のものであろうと思う人です。
 三番目、北方領土は、ロシアにも言い分があり、その言い分の中には、若干認められるものもあると思う人です。つまり、七〇%ぐらいは日本の領土だと思う人です。
 四番目、北方領土はどっちもどっちで、それぞれに言い分があると思う人。だからまた五〇%。日本びいきからいって五〇%ちょっとぐらい。

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9 「説明をするな。説明をすればするほど子どもは分からなくなる。」(冒頭)

 〜説明をしないことが授業にリズムとテンポをつくる〜
   和歌山県美浜町立和田小学校 /稲田 徹也

1 説明をするな。説明をすればするほど子どもは分からなくなる。
 教え方教室や著書の中で向山先生がしばしば強調されている言葉である。この言葉に「確かにそうだ。」とうなずいた方は多いはずだ。しかしである。問題は説明をしないでどう授業すればよいのか、ということだ。確かに法則化論文は、教材、発問、指示を授業の骨格として書かれてきた。だから法則化運動に参加しなかった方々より説明をしない(が少ない?)授業には慣れていたはずである。だが、そのような私でさえ説明なしの授業など不可能だと思っていた。
 一九九六年二月一〇日、記念すべき第一回教え方教室でのことである。(手元に第一回教え方教室のノートがある。一九九六年二月一〇日、十一日の一泊二日。講座は「スピーチをする」「指示で学ばせる」「論文を書く」「研究授業をする」「教師の授業とQ&A」「発問を作る」の六コマとなっている。)「指示で学ばせる」という講座の中で次のような課題が出された。

 小数のあまりのある割り算の検算の仕方を教えよ。

 まだ、「向山型算数」が世に広まる以前の話である。この課題に私は手も足もでなかった。名だたる参加者のほとんどがそうだった。そのような中、向山先生の模範授業が始まった。それは、

 式を書き、答えを出しなさい。

 確かめ算をしなさい。

という指示の繰り返しであった。ただ、問題の配列にポイントがあった。それは次頁のようなものである。
 わかりやすい!
 一言の説明もない!
 「目からウロコが落ちる。」とはまさにこのことだった。努力の方向が見えた瞬間であった。

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10 「教育界の大変革」で進むべき道が決まった(冒頭)

   大阪府和泉市立国府小学校 /勇  眞

1 私の中に衝撃が走った
 「教育界の大変革」のお話を聞いて、私の中に衝撃が走った。
 決してオーバーではない。
 それぐらい驚いたのである。

 一九九七年一二月七日。
 「向山洋一教え方教室第二四回兵庫会場」。
 講座一「社会科の授業の原則とQ&A」のことである。
 予想に反して、講座は「二一世紀の教育の基本的方向」のお話から始まった。
 いや予想をはるかに越えたものであった。
 向山先生は、講座の冒頭、次のように述べられた。

 やってもやらなくてもいいのではない。全てがやらなければならない。教育界の大変革である。

 次に、「中教審と臨教審の違い」を尋ねられた。
 私には、答えられるだけの基礎体力はなかった。
 教師をしていながらそのようなことにも答えられないのである。
 自分が情けなくなる。
 もちろん、教え方教室ではこのような場面が何度でも訪れるのだが。
 続いて、今後の教育改革のスケジュールを板書された。(実際は横書き)

一九九九年 準備
二〇〇〇年 ↓
二〇〇一年 研究終了
二〇〇二年 移行措置
二〇〇三年 実施

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11 「驚く」ことまで含めて、『あかねこ計算スキル』のユースウェアーである(冒頭)

   愛知県東海市立緑陽小学校 /平松 孝治郎

1 ユースウェアーこそが教材をいかす
 向山洋一教え方教室では、『あかねこ計算スキル』や『あかねこ漢字スキル』『うつしまるくん』などの使い方の演習が時々ある。
 そうすると、いつもどこかで我流を発見する。一度や二度、体験しただけではなかなかユースウェアーをマスターすることができない。
 『あかねこ計算スキル』や『あかねこ漢字スキル』を使っているから、それでいいと思ってはならない。問題は、ユースウェアーである。

 教材は、ソフトウェアーがよくなくては話にならないが、どんなにいいソフトウェアーを使っていても、ユースウェアーをまちがえると効果は激減する。
 この場合、ソフトウェアーとは、『あかねこ計算スキル』であり、『あかねこ漢字スキル』である。ユースウェアーとは、それらのスキルの使い方である。
 向山洋一教え方教室で、『あかねこ計算スキル』『あかねこ漢字スキル』を体験すると、心地よい時間が流れる。まさに、向山氏の授業のエッセンスがつまった教材なのだ。
 私は、『あかねこ漢字スキル』『あかねこ計算スキル』がすばらしい教材だと見ぬくことのできる教師は、それだけで力量のある教師だとさえ思ってきた。今まで、何年間も学年で採用させていただいたが、使いにくいと言われる先生が今まで、何人もいらっしゃった。
 ようするに、使い方がまるでわかっていないのだ。そんな先生に限って、マニュアルを無視して我流で使われている。
 私は、よく言う。
 「『あかねこ漢字スキル』を使う時には、指書きをしっかりさせてください。答え合わせは、隣同士でさせるといいですよ。2回目は、まちがえた問題だけをさせてください。」
 「『あかねこ計算スキル』を使う時には、宿題にしないでください。授業中に、時間を決めて一斉にやらせてください。答え合わせも一斉にやってください。」
 しかし、使いにくいと言われる先生に限って、私の話をあまり聞いてくれなかった。今までの我流がしみ込んでいるのだ。

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12 それまでの自己否定から教師修業は始まる(冒頭)

   広島県熊野町立熊野第二小学校 /石田 剛史

1 授業が基本
 よいクラスだと思っていた。
 その思いがある日、ある事件をきっかけに、音を立てて崩れていったことがある。
 その事件について、向山先生に教え方教室で質問した。
 「四年生の担任です。学級で落書きが四度、上履きへのいたずらが二度、この一カ月の間にありました。ある子の机の上にマジックで落書きがしてあったり、上履きをプールに投げ入れてあったりします。今後の指導について教えてください。」(一部変更・省略)
 すると向山先生は「石田先生の指導されたようにやってみてください。」とおっしゃられた。
 (以下、向山先生の言葉は石田メモによる)
 その時の指導の様子を教室でやったように再現して話したが、今にしてみれば、子どもには「味方になる」と言っておきながら、お説教的な話し方だったと思う。
 その後で示された向山先生の答えは明確だった。

 説くことです。場面が浮かぶように。お説教ではだめです。

 脳の中で、ノルアドレナリン・エンドルフィンという物質が分泌されることについてのお話を向山先生がしてくださった。その時、私の心に強く残ったのは、なんといっても子どもを包み込むような温かい話し方であった。
 その場の空気というものは、本では学べない。ライブでしか学べない。
 この温かさを、この空気を教室に持って帰ろう、と思った。

 私のクラスは、数週間後に市の音楽会に出場することになっていた。音楽指導は専科の先生がしてくださっているとはいえ、音楽会はクラスで出場する、そしてそのクラスの担任は私だった。
 それからの数週間、向山先生の言葉の数々を胸に過ごした。

 解決方法は授業が基本

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