いつものクラスでソーシャルスキルトレーニング
ソーシャルスキル指導は特別な場でなく、いつものクラスで実践できます!
いつものクラスでSST 第12回(最終回)
援助を求めるスキルは、究極のソーシャルスキル
星槎大学准教授阿部 利彦ほか
2015/5/20 掲載
  • いつものクラスでSST
  • 特別支援教育

これまでさまざまな視点でソーシャルスキルについて、あるいはSSTについて検討してきました。最終回である今回は、「援助を求めるスキル」を考えていきましょう。

尾ア先生、1年はあっという間でしたね。いよいよ今回で連載もファイナルですよ。

本当ですね。本当にあっという間でした。

尾ア先生の現場からの発信、私も大変勉強になりました。

現場の先生は素敵な方が多いですよね。また、ソーシャルスキルを知っていると、「今ここで」「子どもによい行動をやってみさせる(リハーサルさせる)」感覚や、「よい行動が出た時に、すぐに評価しよう(よい行動を般化させるための手段)」という感覚を持てよいですね。

ソーシャルスキルトレーニング基本の手続き

  1. 教示:どうしてそのスキルが必要なのか伝えます。友達が増えるよ、先輩と仲良くなれるよ、などその子どもにとってこれはやってよさそうだと思わせる動機づけになるところです。子どもの発達に合わせて、劇を使うときもあります。
  2. モデリング、やってみせる:指導者が望ましい行動のモデルをみせます。
  3. リハーサル、させてみる:子どもが実際にその行動のリハーサルをしてみます。それで、うまくいったかどうか返します。
  4. 強化:実際に行動をしてみて、よい結果をうんだことから次もしようという気持ちになります。
  5. 般化:違うときや、違う場面でもその行動が定着します。

イラスト1

子どもに身につけさせたいソーシャルスキルには、いろいろあると思うんですが、私が思う究極のソーシャルスキルとは、やっぱり「援助要請スキル」なんです。「人に助けを求めること」、障がいのあるなしに関わらず、また子どもにも大人にも、とても重要なことだと思います。

「できない、教えて」などでしょうか。

はい。私は以前就労支援の仕事をしていたことがあるのですが、知的に高い発達障害のある人たちの中に、「わからないので教えて下さい」「ちょっといいですか」などの言葉がなかなか言えない人が多いと感じました。中には上司や同僚に確認せず、自己判断で機械のスイッチを入れてしまって、商品を傷つけてしまった人もいました。

ああ、それはかわいそうに。本人も傷ついたでしょう。それに周りの人も悔やんだでしょうね。

どうして人に聞かないのかと尋ねたところ、その方は「恥ずかしいから」「『こんなこともわからないの?』と言われるのが嫌だから」と答えたんです。

自分の能力が低く見られそうで、怖かったんでしょうね。

私は、子どもたちが先生や友達に「教えて」「手伝って」と言えるスキル、援助を求めるスキルというものが、学校生活においてだけでなく、社会に出てからも必要なサバイバルスキルだと思います。
先生はクラスの中で、この援助を求めるスキルをどう扱っていますか?

小さい子には、ソーシャルスキルを遊びのように取り入れた「すみれトランク」という実践を行っています。ある日突然、教室にトランクと手紙が置かれている!というものです(笑)。
イラスト3

先生の『すみれトランク』、ドラえもんの4次元ポケットみたいですよね。子どもの支援グッズが満載で。そのトランクと、手紙?ですか。

手紙はトランクさんからのものなんです。手紙には「あなた達が本当にかっこいい1年生(2年生)かどうか、修行をしてみよう」と、全3回の修行遊びの提案が書かれています。修行する日も指定してあり、見通しをもつためのスケジュールのポスターもトランクに入っています。その修行の内容に「援助・依頼スキル」を入れるのです。

すみれトランク

  1. 修行の時間までに、トランクからの手紙を置いておく。担任の先生が、トランクからの手紙の指示で、修行を進めるという設定にしておく。
  2. 先生は、トランクからの手紙を読みながら(この手紙は実は指導案)修行を進めていく。
  3. 修行は、まず「きちんとお願いできなくて困ったことがないか?」と尋ねる(教示)。
  4. パペットの劇のBAD例を見て、「お願いできないと困る」ことを示すとともに、GOOD例を見て、何がよい点なのかを子ども達から出させて、4つのスキルにまとめて提示する。
  5. 先生が4つのスキルを使って質問してみて、子どもにモデルを示す(モデリング)。
  6. 子ども代表にスキルを使う役、使えているか評価する役をさせ、実際に4つのスキルを使わせる。グループでリハーサルする時のやり方を示す。
  7. グループで、スキルを使う役、評価する役を交代しながら、実際に全員がスキルを使ってみる。
  8. 全員で大切なところを確認する。

イラスト4

小さい子は、忍者の修行とか大好きですよね。

SSTは、スキルを習うところもですが、そのあとどれくらい習ったスキルを使えるかが大切です。だから2週間くらいの間、「みんなでスキルを使おうキャンペーン」をはります。スキルを使ったら1つシールを貼るようにするといいです。スキルを使っている友達を見つけて報告しても1つシールが増えるようにすると、友達の良い行動に目を向ける子どもも増えます。
それで、シールが100になったころに、もう一度トランクさんから手紙がきます。

これまでも一緒に考えてきたことですが、スキルを獲得しても使わない子も多い。この「みんなでスキルを使おうキャンペーン」いいですね!

林明子さんの絵本『きょうはなんのひ?』(福音館書店)のような展開をめざすのですが、トランクさんの手紙には「みんなよくがんばった。スキルを100こも使ったね。鉄棒の下に行ってごらん』というようなことが書いてあるわけです。それで子ども達がど〜っと鉄棒にいくと「よく来た。でも花壇の前に行ってごらん」と他の場所に移動させます。その後、色んな場所に手紙がおいてあって、最終は自分の教室の先生の机の中や、オルガンの蓋に最終手紙があって、そこに学級みんなへのごほうびがあるんです。

【参考】瀬田 貞二 (著)・林 明子 (イラスト)『きょうはなんのひ』(福音館書店)きょうはなんのひ
http://amzn.to/1Egx7zO

ミッションをクリアするとご褒美がもらえるわけですね。

ご褒美は、クラス全員への表彰状などでも。大切なのは、遊びながら「スキルを使うといいな」という気持ちを育て、スキルを心に深くとめることです。

相変わらず、子どもを楽しませることを尾ア先生ご自身が楽しんでいますね。スキル指導のポイントは「子どもが楽しめる要素」をどう取り入れるかですね。低学年に比べ、高学年は難しい面がありませんか?

高学年には違うやり方をしました。これは川上康則先生(東京都立青山特別支援学校)から教えてもらいました。「きちんとお願いできなくて困ったことがないか?」と尋ねるのでなくて「わからない時や、困ったときどうするか」と尋ねました。その後、その時にとりがちな方法で、おすすめできない方法を子どもたちに言っていきます。とりがちな方法は「泣く」「すねる」「怒る」「やつあたり」という方法ですね。黒板に書いていくと、笑いが起きますよ。
イラスト5

笑いが起きますが、「あるある」「うんうん」と共感も生まれるという。共感をはぐくむことでクラスの社会性は高まる、という視点も忘れてはなりません。

そして、逆に今度は、どうしたらいいのか、おすすめの方法を考えます。すると「わからないので、教えてください、って言う」「わからないので、誰かほかの人答えてくださいって言う」や、「わからないので、時間をくださいって言う」といったよい方法を子ども達が言ってくれると思います。

昨年のLD学会で私と尾ア先生、川上先生のシンポジウムで話し合った内容ですね。

こうした手続きを全員ですることで、授業の中にそのスキルを使うチャンスが出てくるんです。クラスのZちゃんは、わからない問題に出会うといつも「固まる」という手段を使っていたのですが、この話をした後で「わからないので誰か答えてください」というスキルを使いました。学級のみんなもZちゃんがいつもとちがう方法を使ったことがわかりましたから、手をあげてZちゃんの代わりに発言しました。

Zちゃんは、うまく援助を求められましたね。

はい。クラス全員でも「Zちゃん、今のPさんの発言はどう思いましたか?」と、Zちゃんの感想を聞いて学びを共有し、「このあいだ話したおすすめの方法を使えましたね。習ったことを素直に使えるのが、Zちゃんのすごいところですね。」とZちゃんの頑張りを褒めました。

なるほど。でも援助を求める相手がよくない場合も考えられますね。例えば、ZちゃんをいつもいらだたせてしまうOさん(天敵タイプ)や、リーダーに見えて実はZちゃんをいじる先導役で騒ぎが起きると身をひき、事の成り行きを楽しく見守っているXさん(影の指令塔)に助けを求めてしまうような時です。

クラスの状態や、OさんXさんと先生との人間関係にもよりますけど、OさんやXさんにも恥をかかないようには気を付けて対応したいです。

Zちゃんは、OさんやXさんの見極めができないので、この人達に助けを求めてかえってトラブルになりがちなこともあると思うのです。「教えてください」に対して「こんなこともわからないのか。絶対教えない」(Oさん)とか、「人に頼ってばかりじゃなくて、自分で考えてみれば?」(Xさん)という反応です。どう考えるといいでしょうね。

そうですね、「Zちゃんが、いつもとちがって勇気を出して教えてっていったね。すばらしいと思う人、手をあげてごらんなさい。」というと、大多数が手をあげます。そして「先生も、すばらしいと思います。」と価値付けをして、 その上で、「Oさん、Xさん、自分の考えを言える事は大事だね。でもちがう行動をとったZちゃんをOさん、Xさんもすばらしいと考えられるのは嬉しいな。」とOさん、Xさんにも、恥をかかせないようにしたいのです。

よりによってあのいじわるな子に援助を求めてしまうのか、と大人が切なくなることもありますよね。パニックになると「援助を求める相手」を見極める力が落ちるというか。

Zちゃんには個別に「あなたにとって誰が信頼できるかな?」と先に聞いておいて「そうだね。だから、わからないことがあったらTさんとBさんに、教えてくださいと言うといいね。」と、援助スキルを使う相手も指定することもうまくいくコツだと思います。

就労場面でも、どの人に聞くのが適切かの判断ができずに、よりによってその場で一番忙しそうな人に聞いてしまったために、「ごめんねちょっと今は教えてあげられない」って言われて、この会社の人は誰も助けてくれないんだ、みたいな受け止め方をしてしまうこともあります。これは、ニートなどの問題とも深く関係してくるので、将来の社会的な自立に大きく影響してくるスキルだと思います。
では、援助を求める「タイミング」の支援についてはどんな工夫がありますか?

幼稚園さんの指導では、「わりこみは失礼」や「いいタイミングまで待つ」や「相手の都合を聞く」ことがわかるように、絵を使いました。
そしてその上で、「今お話していいですか?」という一言が必要だという気づきにつなげました。絵の情報って子どもに伝わりやすいので、うまく使いたいですね。
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援助を求めるスキルに関して忘れてはならないのは、「傷つきやすさの仮説(vulnerability hypothesis; Tessler & Schwarz, 1972)」です。これは、自己肯定感が低い人は人に援助を求めることができないという説なんですね。
 例えば、この仕事ができません、どうやったらいいですか、なんて質問したら、こんなことも分からないのか、って相手に思われるんじゃないかと考えてしまい、人に聞けなくなっちゃうんです。人に施しを受けるように感じたり、助けてもらうと惨めになると考えたり、あるいは、こんなことを聞いたらもっと自分の評価が下がってしまうんじゃないかなどと思ってしまう。
 ですから、自己肯定感が低い人は援助を求めることができず、反対に、自分に自信がある人ほど他者に援助を求めることができるわけなんです。ソーシャルスキル指導と自己肯定感を支える支援、この両輪が大切だと言えるでしょう。

いつものクラスでするSSTは、学級全員の子どもが、クラスを安心できる場所にするため、そして安心して自己主張できる場にするための土台づくり、環境づくりだと思うのです。クラスで行うことで、「これが大事だったよね」と学級みんなで確認できる。それを日々続けていくと、それが学級のルールになり、やがて学級の文化になっていきます。
 クラスが安心な場所で、しっかりしたルールがあると、配慮の必要な子ども達はもちろん、学級みんなが、生活しやすいし学びやすい。やっぱり「いつものクラスでSST」は大事だな、と思います。それを阿部先生とご一緒させていただいて学べたのは、幸せでした。

ありがとうございました。まだまだ取り上げたいテーマがありましたが、いつかまた別の機会を楽しみにしています。

【参考文献】
岡村寿代・杉山雅彦(2007):幼児の働きかけに関する短期縦断的研究−幼児の仲間との相互作用を促進する働きかけの検討−.カウンセリング研究,40(1),p1〜9.
川上康則(2014):第23回日本LD学会シンポウム講演より

阿部 利彦あべ としひこ

星槎大学准教授。
授業のユニバーサルデザイン研究会湘南支部顧問。発達障害のある子の魅力やサポート法についての講演・教員研修で全国各地を飛び回り、その取り組みはマスメディアでもたびたび取り上げられる。「見方を変えればうまくいく!特別支援教育リフレーミング」(中央法規)など著書多数。特別支援教育士SV。

尾ア 朱おさき あや

通常学級で、特別支援教育を進めたいと考えている宝塚市の教員。クラスで学ぶSSTパッケージ(すみれトランク)の開発と実践がある。関西UDに属している。宝塚市巡回相談員。特別支援教育士。

(構成:佐藤)

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