教育オピニオン
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苦手な子でも楽しく取り組める体育授業を
筑波大学附属小学校教諭眞榮里 耕太
2017/2/1 掲載

1 ねらいに即した楽しみを

 体育授業は、子どもたちにとって「楽しい」「好き」な教科として挙げられることが多くあります。しかし、その理由は「体を動かすこと」「仲間と競争すること」が楽しいからです。「スポーツ」や「運動」に取り組ませていれば、多くの子が楽しむことができるでしょう。ただし、ただ運動をさせるだけで「体を動かして楽しい」「競争して楽しい」というだけの授業では、レクリエーションと何ら変わりがありません。休み時間の延長になってしまうでしょう。また、そこに教科としての学びはほぼありません。学びがなければ、教科としての価値はなくなってしまいます。学校教育の中に定められた教科である以上、体育授業としての学びを子どもたちに保障した上で楽しませていきたいものです。

2 体育授業としての楽しさとは

 体育でも、他の教科同様に「できた」「わかった」という学びの上で教科としての楽しさがあると考えています。その前提として子どもたちに様々な運動を支える基礎感覚・技能を身につけさせることです。さらに、これらを高めていくことが教科のねらいとして考えています。その結果として、様々な運動が「できる」ようになり、本当の体育好き、運動好きが増えていけばいいでしょう。
 当然のことながら、子どもたちは「できない」ことを楽しむことはできません。部活のように目的をもった競技スポーツの集団であれば、難しい課題(できないこと・チャレンジすること)を楽しむことができるでしょう。しかし、運動に対する意欲が異なる体育の授業ではそうはいきません。意欲を高めるためには、子どもたちに運動・スポーツに対して「できる」「できそう」と思わせる必要があります。
 実際に子どもたちの様子を見ていると、低中学年は、比較的体が軽く、身のこなしもよいため、巧みに動きやすいです。また、自己肯定感を持ち合わせているため、できる運動は自信をもって繰り返し取り組みます。そのため、低中学年の子は体育好きが多いです。
 一方で、学年が上がるにつれて、体育が嫌い、苦手という思いをもつ子が増えてくることも事実です。それは、授業で扱う運動課題が難しくなってくるので、「できない」「怖い」と思うことが増えてきてしまうためです。やはり、「できない」「怖い」などは、動機づけにはなりません。このようになってしまう原因として、考えられるのは、先ほど挙げたように、体育の「楽しさ」をただ運動させるだけと捉えてしまっているからです。その結果として、各種運動に必要な感覚・技能を身につけてこなかったからだと思われます。
 また、「失敗」や「できない」ことは、他の教科であれば気づかれることは少ないですが、体育授業の場合は、「失敗」や「できない」ことが仲間の前で明確になってしまいます。仲間が見ている前でその姿を見せることになります。自分自身の技能を他の子と比較することができるようになってくると、苦手な子、体育が嫌いな子にとっては、とてもつらいことです。見せたくないので、積極的に取り組まなくなります。取り組まないと、「できなくなる」という悪循環です。体育が嫌い、苦手と思う子が、ますます嫌いになってしまいます。このような負のスパイラルにならないような体育授業にしたいものです。

3 体育を嫌いにさせないために

 体育の授業に対してネガティブな思いがなければ、意欲的に取り組むことができるでしょう。体育嫌い、苦手にさせないための具体的な方法・考え方として、以下の5つを考えています。
@スモールステップで、感覚・技能を身につけさせる
A組み合わせ単元で、長い期間同じ運動に取り組ませる
B共通課題に取り組むことで、仲間同士でかかわりをもたせる
Cお手伝い(補助)で、成功体験を体に覚えさえる
D「できた」範囲を広げる
 紙面の関係上、今回はこちらで終了します。

眞榮里 耕太まえさと こうた

1980年沖縄県生まれ。千葉県育ち。早稲田大学・大学院を卒業。筑波大学附属小学校勤務。
【研究】
すべての子が「できる」ようになる体育授業を目指して研究している。
また、多くの先生が実践できるよう手間のかからない授業スタイルを心がけている。
【著書】
・『写真でわかる運動と指導のポイント とび箱』(大修館書店)

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