教育オピニオン
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今、教師が身につけていたい「接遇」
別府大学文学部教職課程准教授佐藤 敬子
2013/12/1 掲載

 「接遇・マナー研修」というと、一般企業におけるお客様相手の丁寧で親切な態度や言葉遣いを身につけること、と捉えるのが一般的であろう。それらが不適切であれば、クレームにもつながり、企業イメージも悪くなり、その結果、顧客も減少し売り上げの減収というかたちで自分達の不利益につながる。したがって、社員教育として接遇研修は必須である。
 しかしながら、筆者は一般企業だけでなく病院等の医療機関、県職員や市町村行政職員、警察組織などの公務関係の接遇研修を依頼されることが多い。一般企業における顧客サービスであろうが、学校現場における接遇であろうが、根本は同じだ。目の前の相手を一人のかけがえのない対等な人格として尊重し心を込めて対応するということだ。そのことが、同僚、子ども、保護者とのコミュニケーションを円滑にし、誤解なく思いを伝えることにつながる。そこが不十分であれば、職員間の連携もとりにくくなるし、学級がうまく機能しない状況やモンスターペアレンツ(筆者はこのことばは好きではないが)といった人間関係によるコミュニケーション障害を起こすことにもなりかねない。

「いらっしゃいませ」ではない教育現場

 たとえば家電製品を購入しようとしたとき、同じ製品なら少しでも他店より値引きをしてくれる店、何かサービスでおまけをつけてくれる店、アフターサービスが良いところなどを比較して最もお得な店で購入するであろう。
 もちろん、店員の感じの良さ、親切丁寧な説明なども判断基準にはなる。そうやって小売店はサービス競争をしている。しかし、教育は違う。子どもたちはどこの学校でどんな先生に受け持たれようと平等に、公平・公正に教育をうける権利があるし、保護者もそれを当然望んでいる。いや、それ以上に誰よりも子どもにとって最高の先生であって欲しいと願っている。「信頼される教師」であることが教育職員として最高の接遇であろう。おそらく、教師を志した者であれば、子どものために精神誠意尽くす誠実な気持ちは常に持っているはずだ。しかし、「気持ち」は目に見えない。伝えるためには目に見える何らかの形で表現しなくてはならない。

信頼される教師の5原則

 保護者や地域の方々は教員に求める常識を「一般常識」だけではなく、プラス「先生らしさ」を期待している。わが子を社会に送り出すまで育ててくれる学校に期待するものはどの親も同じだ。 

@身だしなみのマナー

 生徒に遅刻しないようにと指導する教師が時間ギリギリに登校しボサボサの髪でジャージ姿では全く説得力がない。生徒には服装や姿勢を厳しく指導しながら屋外で着るようなダウンコートに身を包み授業をしている先生もいかがなものかと思う。「おしゃれ」と「身だしなみ」を区別するなら、身だしなみとは、誰もが不快感を持たぬ服装である。体育大会の練習でジャージを着ていても教室授業ではきちんと着替えるのも今や常識であるが、そういう大人の振る舞いを子どもはちゃんと見ている。

A笑顔・あいさつのマナー

 子どもたちにとって、その日がどんな一日になるかは朝のスタートで決まる。教室に入って最高の笑顔で元気なあいさつができる教師は子どもと学校を元気にする。「最近の若者はあいさつをしない」と言う大人もいるが、あいさつは気がついた方からするのがルールである。筆者は少々シャイな今どきの学生たちに自分から声をかける。すると彼らはいつしか最高の笑顔で遠くから元気なあいさつをしてくれるようになる。

B仕事のすすめ方のマナー

 学校は組織である。組織が機能するためには一人一人の構成員、つまり教師が教育目標というゴールを理解し常に意識して仕事をすすめることが重要だ。その基本が時間を守るということだ。一番に考えることは子どものことであるが、そうあるためには仕事を停滞させてはいけない。時間にゆとりを持って出勤し提出期限や約束の時間を守るのは大原則である。多忙な学校現場だからこそ、優先順位を考え効率的に仕事をしたいものだ。

C人間関係のマナー

 一般の企業や行政機関と違い、学校では上司・部下といった縦の関係が意識しにくい。同僚や管理職、保護者への応対も意識しないと、つい敬意を忘れた立ち振る舞いやことば遣いになりがちだ。子どもとの距離も同じだ。子どもは「友だちのような先生」を望んではいない。「尊敬できる先生」を望んでいる。

D一般の社会常識としてのマナー

 「先生の常識・社会の非常識」などと揶揄されるのは教員がどこか一般社会の常識と違った感覚があると思われているのだろう。相手に応じた正しい敬語が使えることはもちろん、外部の方に対しても、自分に用事があるないに関わらず、お客様として礼儀正しくお迎えし、親切に丁寧に対応すること。一般社会ではごくあたりまえのことである。

 ほんの小さな誤解や非礼が相手の心を傷つけ、その悲しみは放置されれば怒りとなる。「接遇」とは、人を人として丁寧に扱うことができるコミュニケーションのことだ。
 そして教師ができる最高のサービスとは、とびっきりの授業をすることであろう。そのための努力を惜しまぬひたむきな教師が育つ学校は最高の評価を得るものと考える。

佐藤 敬子さとう けいこ

横浜国立大学教育学部卒。
大学卒業後、横浜市の公立中学校に勤務。
平成4年(1992年)からは大分県教育行政に係わる。
大分県教育委員会教育センターでは、教職員を対象にカウンセリング、生徒指導、コミュニケーション、コーチング、進路指導、学級経営、健康教育、性教育、音楽教育等を指導。
現在、別府大学文学部教職課程准教授。
別府大学・別府大学短期大学部キャリア支援センター副センター長。
キャリア教育、接遇・マナー研修、家庭教育、幼児教育、女性教育、高齢者教育、学校教育などについて全国で講演、コーディネーター等多数。
【共著】
『教師のコミュニケーション力を高めるコーチング』(明治図書出版)
『教員免許更新ガイドブック』(明治図書出版)他

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