- まえがき
- T章 非行を通して見えてくるもの<事例編>
- 1―1 子どもと家庭 *直樹君とその母親のこと* /甲斐 美恵
- 1 家庭裁判所の少年部に現れる親子たち
- 2 直樹君とその母親のこと
- (1) 直樹君との第1回面接
- (2) 母親との第1回面接
- (3) 直樹君との第2回面接
- (4) 母親との第2回面接
- (5) 第1回審判
- (6) 試験観察
- (7) 終局審判
- 3 おわりに
- 1―2 子どもと家庭 *少年のもう一つの家庭* /熊上 崇
- 1 家に帰らない少年たち
- 2 夕子の事件
- 3 鑑別所での夕子
- 4 夕子のお母さんとおばあちゃん
- 5 「少年塾」へ行く
- 6 「少年塾」での生活
- 7 クリスマス会
- 8 最終審判
- 9 夕子のその後
- 2 子どもと学校 /宮田 敬子
- 1 調査から見える子どもと学校
- 2 つながりたい
- 3 現実世界としての学校
- 4 自己責任の時代
- 5 「居場所」の大切さ
- 6 「失うものはない」怖さ
- 7 立ち直りを支えるもの
- 3―1 子どもと社会 *保護観察の実際* /西江 尚人
- 1 生育歴
- 2 保護観察の準備
- 3 いよいよ少年院を仮退院
- 4 保護観察の経過
- 5 こんな保護観察,あんな保護観察
- 6 登場した人物と用語の説明
- 3―2 子どもと社会 *医療少年院から見えること* /南田 修
- 1 はじめに
- 2 少年院には種類がある
- 3 集団寮と単独寮
- 4 少年院の処遇とその効果
- 5 反省,しょく罪,責任,謝罪…
- 6 障害を抱えた非行少年を取り巻く社会
- 7 帰る先のない少年たち
- 8 おわりに
- U章 子どもに何が起こったか
- ―事実を聞く方法― /山内 陽子
- 1 事実を聞くことの大切さ
- 2 事実を聞く技術―「司法面接」
- 3 子どもから事実を聞くことがなぜ難しいか
- (1) 子どもが話そうとしない
- (2) 大人からの影響の受けやすさ
- 4 共感的面接と司法的面接
- 5 司法面接の実際
- (1) 面接場面の設定
- (2) 質問の仕方
- (3) 質問の流れ
- (4) その他の留意事項
- (5) 面接のしめくくり
- 6 最後に
- V章 子どもの行動をどのように理解するか
- ―発達障害を中心に― /藤川 洋子
- 1 広汎性発達障害と非行
- 2 「心からの反省」をめぐって
- 3 事例
- A 対人接近型の例
- B 実験型の例
- C パニック型の例
- D 清算型の例
- E 本来型の例
- 4 非行に現れる広汎性発達障害の特徴
- (1) 犯したことの社会的な意味を理解しない
- (2) 言語的,非言語的コミュニケーションのあり方が不適切
- (3) 想像力が乏しい
- 5 関わり方の工夫
- (1) 自分の特性にどうやって気づかせるか
- (2) 日記指導
- (3) 生活指導
- 6 英国の取組み
- W章 犯罪被害と子どものケア
- /滝口 涼子
- 1 はじめに
- 2 犯罪被害という経験
- (1) 事件直後に起こること
- (2) 遺された子どもの精神的な影響―「悲嘆」と「トラウマ」―
- (3) 「二次被害」について―事件の混乱から日常生活へ―
- (4) 学校や家庭での子どもの反応
- (5) 子どもをどうサポートするか
- 3 支え合いの場
- X章 過剰犯罪不安と日本の子どもたち
- /前島 知子
- 1 はじめに
- 2 少年犯罪は減っている!
- 3 不安増幅装置としてのメディア
- 4 犯罪不安と厳罰化
- 5 機械的なルール適用のリスク
- 6 福祉のセーフティネットと厳罰
- 7 おわりに:過剰犯罪不安からの脱却をめざして
- あとがき
まえがき
この本を手にとってくださって本当に有難うございます。なぜ有り難く,嬉しいかというと,この本の執筆者たちは,世間にいう「陽の当たる世界」にはいないからです。でも,世間にとって重要な仕事をしている,という自負があります。そのことは,お読みいただくにつれて,わかっていただけることでしょう。
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少年審判には,非公開の原則(少年法第22条A)があります。また少年法第61条には,記事等の掲載の禁止が定められています。
かつてはその条項が厳格に守られていて,重大犯罪の犯人が少年(少女を含みます)だとわかると,マスコミは事件の取材自体を自粛していました。しかし,青少年による重大犯罪に寄せられる関心は高く,「国民の知る権利」というムーブメントを背景に,最近では,犯人が未成年者であっても名前が伏せられる以外は,ずいぶん詳しく報道されるようになりました。
しかし,諸外国に比べて我が国の犯罪が少ないせいでしょうか,報道の量が増えただけのことなのに,「近頃の少年は平気で人殺しをするようになってしまった」などという的外れの衝撃が走りました。X章で保護観察官の前島知子さんが明らかにしていますが,近頃の子どもは怖い,何をしでかすかわからない……というのは,基本的に誤解です。
それはともかく,事件報道こそエスカレートしていますが,事件を起こした少年の「その後」について知ることは,さすがに今も困難です。その意味で,この本は,少年犯罪の「その後」を扱う珍しい本なのです。
この本の執筆者は,家庭裁判所調査官,保護観察官,法務教官(少年院の教官)という,公務員ですけれども採用元がそれぞれ異なり,ふつう,一堂に会することのほとんどないメンバーです。あ,そうそう,ひとり若手の研究者がW章を担当していますが,大学時代,家庭裁判所の「少年友の会」でボランティアをしていましたね。
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それでは,少年事件の大まかな流れに沿って,T章の執筆者から紹介させていただきます。少年事件にはいろんなメニューがあります。詳しく述べていると,それだけで紙幅が尽きてしまいますので,14歳以上の暴力事件ぐらいをイメージしてください。
事件について被害届が出されると,警察での取り調べが始まりますが,証拠隠滅や逃亡のおそれがある場合は,中学生であっても逮捕されます。手錠をかけられ,留置場に入れられるのです。取り調べが終わると,警察が集めた証拠書類と供述調書,戸籍謄本などの資料がまとめられ,事件記録として検察庁に送られます。
検察庁は記録を精査し,審判についての意見(例えば,少年院送致が相当とか,保護観察相当とか)を付けたうえで家庭裁判所に記録を送ります。記録と本人の身柄がいっしょに連れてこられる場合,自宅に帰らせるか,「観護措置」といってしばらくの間,少年鑑別所に収容するかを裁判官が判断します。観護措置が執られている事件は「身柄事件」と呼んで,記録だけを先に受理する「在宅事件」と区別します。
家庭裁判所では,裁判官が家庭裁判所調査官に調査を命じます。その調査の様子を描き出したのが,甲斐美恵さんと熊上崇さんによる「子どもと家庭」(1−1,1−2)です。
家庭裁判所では,調査の結果,少年の抱える問題によっては,少年院に送致したり保護観察の決定を下したりする前に「試験観察」という観察期間を設けることがあります。
試験観察にも二種類あって,甲斐さんが試みた「在宅試験観察」と,熊上さんが試みた「補導委託つきの試験観察」があります。この試験観察のあいだは最終処分(終局審判)がペンディングされるので,「約束を破れば少年院に収容」と厳しい枠をはめることができます。その期間は3か月から6か月ぐらいです。一見自由でありながら,さまざまな課題が科せられますので,試験観察をあまりに長い期間おこなうことは望ましくないとされています。
同じく家庭裁判所調査官の立場から宮田敬子さんは,さまざまな事例を通して見えてきた,子どもにとっての学校の意義を「子どもと学校」(2)で明らかにしています。
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さて,終局審判がおわると,もう家庭裁判所調査官の出番はありません。処遇を担当する保護観察所や少年院(どちらも法務省のなかの機関です)にバトンタッチされます。
「保護観察」は,成人の事件では「執行猶予」の一部とか「仮釈放」の際につきますが,少年事件の場合は,家庭裁判所の決定による保護観察(1号観察と呼びます)と,少年院を仮退院したときにつく保護観察(こちらは2号観察です)があります。
どちらの場合も,国家公務員である保護観察官のもとにボランティアの保護司さんが多数おられて,基本的には地域の保護司さんに一人一人の少年を見てもらうのですが,なかには保護観察官の西江尚人さんが「子どもと社会−保護観察の実際−」(3−1)にまとめたように,保護観察官が直接的な関与を強めながら医療機関との連携をすすめる事例があります。
近年,発達障害や精神障害が鑑別される事例が増えており,専門知識のある保護観察官が直接,指導する必要性も高まっているようです。
保護観察が順調に経過すれば,良好解除となって観察が解かれるわけですが,その間に事件を起こしてしまったり,指導を無視して家出するようなことがあったりすると,少年たちは家庭裁判所の審判によって少年院に収容されることになります(事件を起こしたときの問題性が高い場合は,保護観察をすっ飛ばして,少年院に送致されます)。
「少年院」には初等,中等,特別あるいは長期,短期,男子,女子,医療といった種別があります。法務教官の南田修さんが「子どもと社会−医療少年院から見えること−」(3−2)で明らかにしているのは,知的障害,発達障害などもっぱら発達面のハンディのために特殊教育が必要だと判定された少年たちの状況です。この稿では,我が国で最も処遇がむずかしいといわれる子どもたちに対する指導ぶりを描き出しています。
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U章では,家庭裁判所調査官の山内陽子さんが,「司法面接」のテクニックを紹介します。子どもの面接といっても,大きく二つに分ける必要があります。「事実を明らかにする面接=司法面接」と,「治療的な面接」です。
子どもを保護する,あるいは加害者を処罰する際に,子どもに何が起きたのかを確認することは最も重要です。事実があったのか,なかったのか,あったとすればどういう事実があったのか,それらをおろそかにしていては,どのような保護も処遇も実を結びません。
誘導を排した中立,公正な面接テクニックは,司法領域では当然ですが,教育や産業など,さまざまな領域で必要とされています。
V章では,非行少年の生得的要因に注目しながら,子どもの行動を理解するには複合的な視点が必要であることを,元家庭裁判所調査官の藤川洋子が論じます。発達障害者支援法の施行(2005年),特別支援教育の実施(2007年)により,子どもの学習の遅れや,対人関係のトラブルについての考え方が大きく変わろうとしています。そのきっかけのひとつになった発達障害をもつ触法事例をとりあげて,望ましい処遇とその留意点について述べます。
W章では,犯罪被害に焦点を当てます。被害者の遺族となった子どものトラウマをどう理解し,どう支援するかを,上智大学博士課程の滝口涼子さんが被害者支援の立場から論じます。
被害者に対する支援は,我が国ではようやく始まったばかりですが,加害者の処遇にかかわる者にとってこそ,充実が望まれます。いつ被害者になるかわからない,いつ加害者側になるかわからない私たちは,犯罪被害がもたらす屈辱や絶望と「赦す」ことの困難,「赦し赦される」ことの得難さ,尊さを,常に胸に抱えていなくてはなりません。
X章では,この本のきっかけを作ってくれた保護観察官の前島知子さんが,英国への留学経験をもとに,広い視野で少年犯罪をめぐる現状を分析します。厳罰化一辺倒でよいのかどうか,その議論の必要性について世間がようやく気づき始めています。本当の意味で実効ある刑事政策とは何か,を考えさせてくれます。
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さぁ,私たちの世界へどうぞ。子どもたちの未来をご一緒に考えましょう。
2009年6月8日 編 者
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- 明治図書