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このコーナーは、教育書編集部企画者が担当して、最近気になった教育界の話題、仕事がらみの身辺雑記など、さまざまな側面からのコラムをお届けします。
第60回 節分とグローカル
家族みんなで恵方に向かって太巻きをほおばり、一本食べきるまで一言もしゃべらない――関東地方には数年前から進出してきた「恵方巻き」ですが、大阪で生まれ育った私にとって今も変わらぬ節分の光景です。東京で生まれ育ったある先輩のお宅の節分は、「無言で背中越しに豆をまき、家族の中で選ばれた者がその豆を拾い集め、無言のまま近所の十字路に再度まきに行く」とか。節分一つをとっても、全国には面白い風習が数々ありそうです。
教育基本法の改正以来、伝統文化が学校教育で重視され、各地で“ローカル”が見直されつつあります。その一方で、PISA調査に端を発して教育分野でもグローバル化にも光が当たり始めています。
先日、ある懇親会で、フィンランド教科書で有名な北川達夫さんのことが話題に上りました。その席で「グローバルコミュニケーションの視点」を国語教育にももっと取り入れるべきなのではないかと口にした私に、ある先生が反論しておっしゃいました。「グローバルよりもローカル、ローカルこそがグローバルなんだ」。
ちょっとお酒が入りすぎていたこともあり(!)、真意は確かめきれなかったのですが、その後ずっとグローバルとローカルについて考えさせられています。
「伝え合う力」が国語科の大きな目標になってきたのは、日本人同士のローカルコミュニケーションが成り立ちにくくなってきたことと無関係ではありません。国語科ではこの10年間「伝え合う力」の育成に向けた努力が続けられてきました。現在では「伝える力」は身についてきているが、「合う」というところがまだ難しいと言われています。
ここでヒントになるのがグローバルコミュニケーションの視点ではないかと考えています。異文化・異言語の人とでも互いの立場を尊重し合いながら自分自身の意見を主張し合う、折り合うべきところを積極的に見つけ合う、そういったコミュニケーションのあり方が必要なのは、なにも国際的な場だけではありません。学校だって会社だって、日本の社会のなかでも、異なった価値観・志向の人との協働の場は少なくないからです。
これからは特に、誰とでも目的に応じて力を合わせて協働するための基盤として、コミュニケーションを考えていく必要がありそうです。またグローバルを見据えるがために、逆に、個人の依って立つ位置としてのローカルな文化もクローズアップされてくるでしょう。
学校という学び合う場で、コミュニケーションの問題を扱う国語科。できればグローバルもローカルもともに大事にして身につけていかれるような教科であるようにと企画も考えています。恵方巻きの関東進出と重ねて、国語科のグローカルを思う今日この頃でした。
佐保 文章
この記事は、『明治図書ONLINE メールマガジン 2010年2月後期号』に掲載されました。
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